FC東京の人気低下を、観客動員数6,000人減よりも「FC東京魂の盛り上がらなさ」に実感した話

あんな鳥栖戦の後だったからと、すごい久しぶりにFC東京魂を見た。

 制作側も最高の煽りで番組を盛り上げるww

 

しかし、その番組にサポが一向に盛り上がらない。不気味なほどに静か、全くの「無」のまま番組が終わってしまった。まるで、FC東京魂だなんて番組など元から無かったかのように。そもそも誰もFC東京魂を観ていない。

確かに、これ以上ない失望と怒りを覚えた鳥栖戦ではあった。あんな試合、もう忘れてしまいたいとは誰もが思っただろう。しかしそれでも忘れられない、悔しさが消えることがない。不満やら文句なりの、いわゆる炎上的な表面化が金曜23:00にまたされるものだと勝手に思っていた。何せあのインパクトだったのだから。

しかし、サポは忘れた。最高の週末が待っていることを忘れ、「金曜夜にはFC東京魂があるよ」という習慣すら忘れ、何事も無いままに、いま淡々と土曜の朝を迎えている。

FC東京、人気やべえな」

表層的な部分だけでなく、芯喰ってやべぇを実感した瞬間だった。

 

今年に入って、FC東京のホーム"味の素スタジアム"の観客動員数6,000人減は、J1全チームを比較してワーストの下げっぷりだ。その理由として語られる項目はどれも正しいものだろう。

そんなもっともらしい理由を持って、その数字にサラッと納得していた部分が自分にもあった。そら6,000人減にもなるよねと。けど、定性的に「芯喰ってやべぇ」を実感した今、改めて丁寧に振り返ると「いやいや、ホントにそこまでなるの?」と思い改めた。つまり、

6,000人減のうち、果たしてSOCIOは何人いるのだろうか?

そう考え始めた時に、背筋がゾッとする思いが生まれた。元々自分の様なアンチ城福が「味スタ行かねーよ」とか程度であれば、元々見込んでいた範囲なので問題無い(どうでもいいとも言う笑)。しかしそうではない、ごくごく普通のSOCIO達が、2016シーズンを追いかけていくことで態度変容があったのであればそれは大きな問題だ。結局、こういう人が想像以上に多かったのでは?というのが、改めて立ち止まって考えたことだ。

 

以前、ブログでこの様なことを書いた。

愛するクラブを追いかけ続けるサポーターのみが得られる極上体験にはいくつかあるが、そのうちの1つとして「応援し続ける選手の成長加速度にしがみつく楽しさ」というのがあると思う。

応援する選手が「いま凄いかどうか」も大事ではあるが、サポーター観点での楽しみに限定すると、選手の今の絶対値の大小よりも、短期間でグッと「凄くなっていく」その加速度こそが重要になってくる場合が多い。選手の成長に、サポーターが振り切られてしまいそうな感覚。1試合1試合、追いかけ続けるごとに増す楽しみ。FC東京であれば、それは長友佑都であり、武藤嘉紀であり、今シーズンでは橋本拳人などになるだろう。選手の加速度にしがみつきながらも、さらなる後押しでそれを促していく。好循環の疑似体験を重ねることで、サポーターはその選手をさらに「特別な存在」へと高めていく。 

選手にフォーカスして書いたものではあるが、そのままクラブにも当てはまる話であろう。

興行であるその試合が、その試合一つだけで意味を成すものではなく、リーグ戦の中の1つとしての意味も備えている以上、興行としてその試合に魅力を持たせるのは「過程」であるという部分だ。「優勝を目指す」過程、または「J1残留を目指す」過程。何よりそのチームが「強くなっていく過程」「成長していく過程」。長友やよっち、拳人がサポから人気なのは、彼らがすさまじい「過程」を見せてくれたからに他ならない。

 

2016年のFC東京が(試合の内容がとかではなく存在として)ビックリするほどにつまらないのは、彼らの試合に「過程」を感じないからだ。

試合を重ねても、別に強くなっていくわけではない。何かの最終形に向かって進んでいる感じもない。そして、秋ごろに試合を見に行っても恐らく変化は無いと予測してしまう。であれば、FC東京の「今」を見る必要は別にない。そしてその理由は「今」だけでなく「未来」にも当てはまる。

変化が無いものに魅力が備わるわけがないのである。今もそしてこれからも、FC東京を見ておくべき理由が無いのであれば、サポーターにとってFC東京という存在が消えていくのは当然だろう。FC東京U-23の方が、現時点においてはまだ変化がある分だけ「強くなっていく過程」を感じられるだけ、魅力がある。FC東京U-23の観客動員数平均が約2,500人。魅力を天秤にかけた結果、はここにも現れているのかもしれない。

 

FC東京に「変化」が必要なのは明らかだ。アンチ城福である自分はこれまで、アンチ城福らしく「監督交代」をもって変化を主張してきた。

しかし、それだけで事が済むとは思えない情勢に、FC東京は既になっていたのかもしれない。

FC東京U-23においての、選手編成の大失敗。

ギャンブル起用をもってしてでも選手のコンディショニングを高められなかったスタッフ陣。

そして何より、プアな判断と集中力をもって鳥栖戦のあの敗戦劇のメインキャストを担った、主力と呼ばれる選手たち。

 

アンチ城福として城福のことだけ考えていれば済んでいた時期はとうに過ぎ、それどころではない「変化」が必要になっていたFC東京

それに気付かされた、という意味で、だからあの鳥栖戦はより残酷な代物だったのだと思う。