ユース応援企画ありがとうございました+高円宮杯プレミアリーグEAST FC東京U-18こう戦う

 FC東京U-18として悲願であった“真の日本一”。しかし埼スタでの戴冠の翌週には、早くも2018年度チームが立ち上がり、新たな活動がスタートしてしまう。余韻に浸る間もなく、次から次へとスケジュールが進んでしまうのが育成年代の常である。
 最初の活動として、チームは愛知遠征を実施。名古屋グランパスの敷地内を利用し、全国から集められた強豪チームとのTMを行う機会に恵まれた。その遠征のラストを飾る対戦相手は、ついその前週に埼スタで頂点を賭けて戦ったヴィッセル神戸U-18。結果は1-2での敗戦となったが、そのスコア差以上に神戸とは実力差があったように伺えた。
 ヴィッセル神戸U-18。あの日の埼スタでスタメンを張ったメンバーの内、半数近くの5名は2年生の選手だった。愛知遠征では、あのロングスローのこぼれをプッシュした先制ゴーラーなど、その内4名の選手たちがこの試合でもスタメンとして出場し活躍。前年チームから多くの選手を残しているだけあってチーム力も相当なもので、FC東京U-18としては立ち上げのタイミングで、分かりやすい物差しを突き付けられる恰好となった。

 つくづく、育成をどう評価すべきかというのは難しい。
 乱暴な言い方をすれば、人は勝手に育つものだ。未成年がたらふく飯を食えば身長は伸びていくし、体格は出来上がってくる。高校生活での様々な経験がモノの見方に新たな切り口を与えもするだろう。こうした一日一日の寝食、人生経験も含めて、置かれている環境がサッカー選手としての考え方・スキルに“勝手に”影響を与えていく。
 その中で、アカデミーという組織が、果たしてどう評価されるべきなのか?
 例えば、放置しておけば勝手に5%伸びていた人が、アカデミーに所属することにより、どれほどのプラスαがされるのか。アカデミーのおかげで、それが5%ではなく6%になるのか、そしてFC東京アカデミーだからこそ7%となるのか。我々は本来、その1%の差異を見極めて評価をしなければならない。
 さらに言えば「U-23」という、FC東京アカデミーにとって貴重な環境が、選手の伸びしろを早々に埋めてくれているのは間違いないとは思うが、しかしそれはもしかしたら、ただ選手の能力を早熟に食い潰しているに過ぎないかもしれない。伸びしろを埋めるだけでなく「選手の伸びしろを更に伸ばす」ことが、果たしてアカデミーは本当に出来ているのだろうか?
 それらの見極めはやはり、今この瞬間の“結果”だけでは測り様がないのである。

 FC東京U-18が挑む高円宮杯 JFA U-18サッカープレミアリーグ2018は、夏の中断期間までに半分の9試合を消化。1勝3分5敗、10チーム中9位という結果は、確かにFC東京U-18にとって不本意な成績だろう。
 それもあって、チームとして挽回の決意高く迎えたクラ選の夏。夏の全国大会“クラブユース選手権”は、グループリーグを2位で突破し決勝トーナメントに進出。Round16でアビスパ福岡U-18に0-1で敗戦し、ベスト16で大会を終えた。
 思い描く勝利が残せていないのだから、勝利のためのプレーが出来ていないと理解するのが現時点では正しいのだろう。

 以前、中村俊輔が自らの長所である“視野の広さ”について、この様に解説をしていた事を思い出す。曰く、「視野の広さは、ボールを蹴れる距離次第」と。
言われてみれば何とも当然の話ではある。人間は基本的に、自分が出来ないことをやろうとはしない。フィールドの横幅68m分だけボールを蹴ることが出来ない人にとっては、プレー中に「サイドチェンジ」が選択肢に出てこないのは当たり前だろう。
 また、選択肢が出揃ったところで、そのプレーを選択するかどうかとなれば、また別の話となる。68mを蹴る事自体は出来ても、じゃあ試合中にピッチ上で、相手と対峙したその場面その瞬間で、そのプレーを選択して果たして成功するのか? 選択の根拠が問われる。

 練習で磨き抜いたプレーのみが選択肢となるし、
 成功すると感じたから、その場で選択し実行される。
 失敗するかも…と感じたら選択などされないし、
 出来ないプレーはそもそも選択肢として出て来もしない。

 中村俊輔がここで語ったのは、ボールを蹴り込んで練習することで、その選択肢を自信の持てるカードとして磨き、育ててきた“自負”。そして、一流の手札をピッチ上に並べて、自信と予測と遊び心をもってプレー選択を繰り返してきた経験だろう。

 勝利のためのプレー。それは、もう半歩の深い寄せ。ボールがどう転がるかの事前予測。余計なバウンドを味方に押し付けない、パスの質。
 今のU-18において、それぞれのカードがまだ不十分であるのは間違いない。けれど、各カードが磨かれてきたのも、また、間違いない。
 愛知遠征では、神戸U-18を相手にして単純なミスが多く見られたし、プレー選択も消極的なものばかりだった。それが今では、スタッフから厳しく言われ続けてきた事が自然と実行できるようになってきた。本来以上の上位環境でも必死に食らいつくことで、自らの身の丈が環境に合うようになってきた。ワンプレーの成功に対して、気迫が素直に表出される様になってきた。
 だからこそ、結果が簡単にはついてきてくれない事がもどかしくもある。

 十分な圧力を相手にかけていたシーンはこれまでもあった。相手をこじ開けるだけでなく、相手のミスを誘えていい圧力でもあった。それはカードが確かに磨かれてきた証明でもあったと思う。
 それでも相手も安易に崩れてはくれない。PA内では不用意なファウルも、事故的なエラーも「起こさせない」。やはり高円宮杯プレミアリーグは、弱いチームが一つもないタフなリーグだとよく分かる。「サッカーは甘くねえ」と、今年ほど痛感したことはない。

 恐らく、結果が博打的に転がってくるのを、そしてそれを元手に自信を手にしようと待ってても、一生そんな機会なんて訪れやしない。だから、もっと自ら試みて欲しい。その根拠が、まずは嘘から生まれたものでいい。でっち上げでいい。まともな根拠など無くても、まずは強烈な意志、そして執念を表現すること。選択のベクトルをより協調的に、より前に、よりゴールに向けて。
 その繰り返しで、ようやく小さな結果が転がってくるかもしれない。嘘っぱちな自信も、自然とホンモノになってくるはずだ。


 今年「カード」が磨かれてきた事実を知っているから、ぼくらは期待を止めないし、そこに、勝ち負けではない「クラブの誇り」を強く感じている。だから今年のチームが好きだ。もちろん毎年どの年代のチームも好きだし、そこに優劣はないのだけど。ただ、どの年代にもなかった独特な「好き」を感じているのは事実だ。

 今の結果に一喜一憂しないで欲しい。選択の連続、その積み重ねに対して常に己を出し尽くして欲しいし、「結果」よりも「成長」に胸を張って欲しい。そして今度は「選択」に成長を示して欲しいと願う。

過去の選択の積み重ねが「今」なのであれば、今の選択の積み重ねが「未来」を形作っていくはず。

Life is a series of choices.
人生とは選択の連続である。

クラブの誇りを示す「選択」を、これからの彼らに期待する。

 

 今年も無事に、FC東京アカデミーを勝手に応援する企画を実施することが出来ました。そして今年も、U-18向けに↑の文章をお送りさせていただきました。

言ってしまえば、過去2年は成績的にも注目を浴びやすかったし、また建英のようなメディアから注目を浴びやすい選手もいた。それに比べれば、今年は成績的にも苦労をしている状況。

それでも、こうやって無事に実施出来たことは個人的にも非常に嬉しく思います。アカデミーが存在する意味や、自然と目を引く彼らの魅力が、徐々にですが伝わってきつつあるのを感じています。

それらのお披露目の場として、もしくは"上"と"下"とを繋ぐ存在として、”FC東京U-23”が機能しているのは間違いないでしょう。U-23については賛否も、メリットデメリットも、実際に問題もあるけれど、こういった視点においてでも、やはりU-23の存在は貴重であり有難いものだと思っています。

もちろん、U-23という場だけあっても意味は無く。そこでどの様にサッカー選手として主張してみせるか?を今年も選手たちが全力で戦ってきたからこそでもあります。


Jユース杯ではヴィッセル神戸U-18に敗戦。

こういった文章を書いた身として、ここで神戸と対戦できるのか…と注目していた試合ですが、内容はお互いにかなり悪いものでした。

戦いが進んでいく中で、東京はセカンドボールの争いを捨てて、相手にまずボールに触らせたその後、言うなればサードを”狙おうとする”姿勢がすごく目立ち始める。もしくは、バウンドボールの処理を手の届きやすいレベルにまで減衰するのを待って、処理しようとするシーンも。

今年を象徴するシーンだったと思います。出足を生むための「予測」と「準備」にそもそも負けて、自分の文章で言うところの「選択」から逃げていた。余計に相手を受け過ぎる事で、メンタル的な駆け引きが常に”後攻”になってしまった。

方や、その後の高円宮杯プレミアリーグEAST再開2戦、浦和ユース戦と市立船橋戦ではそういった姿はありませんでした。前で潰す、走りの気迫で最低限相手のミスを誘う。囲んでボールを奪い切る部分はまだ、相手を逃がしてしまう場面もありましたが、前向きな選択が出来ていた様に見えました。

もちろんそれが、時系列に沿った右肩上がりかと判断するのは早計であり、実際は「選択」の波に苦しんでいるのは今も同じくでしょう。その不安定さが、成績の不安定さに直結し、リーグ順位も降格圏内から抜け出せず。リーグ戦の順位というのは、やはり常に正しいものだと思います。

「プラスの選択」をいかに増やすか?場面単位で。試合単位で。年単位で。いかに連続させて、それを”安定の土台”とした上で更に高みへ…。選手たちは今も必死にもがいている最中と言えます。

 

ただ思えばこれまでの代でも、彼らが必死にもがく姿を見続けてきた様なものでした。今年と変わらず、みんなもがき続けていた。

前回プレミアリーグEASTからプリンスリーグに降格したのは橋本拳人の代でした。今ではTOPでスタメンを張って頑張っている拳人も、U-18では、そして卒業後もレンタル先の熊本で、ずっともがいてきたから今がある。

トップ昇格出来ずに中央大に進んだ矢島輝一だってそうだし、むしろU-18で素晴らしい結果を残せた品田愛斗だってそう。卒業していったみんなが、それぞれの場で引き続き、変わらずもがき続けている最中でもある。

何より、FC東京U-15深川で出番に恵まれず、昇格が叶わなかった渡辺剛が来季FC東京の新加入選手となったのは最たるものでしょう。

 

今年の彼らは、上手く行かなかったことも確かに多かったけど、もがくことに対しては常に全力な彼らだったと思います。

その”方角”や”出しどころ”、”怯んでしまうところ”といった葛藤をずっと見てきたからこそ。それが徐々に前を向き始めてるなと外野からも分かるからこそ、全力でもがき戦ってきた彼らはまず凄いなと、そしてあともう少し、このチームを見続けたかったなというのが自分の本音です。

「それは来年も続く苦しみなんだよ」というのは、今の彼らには残酷な現実かもしれないけど…方や「続けていればこそ」ってのをアカデミーの先輩方が示してくれた心強さもまた、確かなことだと思います。


プレミアEASTもいよいよ最終節。プレミア残留が叶うのは「自らが勝利し、かつ他会場の結果次第」。

となれば、ここぞとばかりにFC東京お得意の「染み付いた他力本願精神」を発揮する時ではあるのですが…その前に、まずは目の前の試合でしょう。

柏U-18は前回対戦で1-6と大敗を喫した相手。残留争いのため以前に、返さなきゃならない大きな借りがあるはず。

もがいてきたのは柏U-18とて同じでしょう。成長してきたのは何も自分ばかりじゃない。彼らの”聖地”日立台と、舞台も最高のものを用意いただきました。

 

今年のU-18も最高でした。毎年言ってますが、毎年のように最高でした。

これまでと、これからを、お互いに示し、ぶつけ合う。そんな試合を期待します。

 

FC東京U-23で、前田”ルーコン”遼一の夢を見る

2018 J3リーグ第30節、グルージャ盛岡vsFC東京U-23

後半途中から安間監督は布陣に手を加える。オーバーエイジとして出場していた富樫敬真前田遼一の位置を入れ替えた。左SHを務めていた敬真はFWに、かわりに遼一は左SHに入る。

これが強烈にハマる。前半0-0だったのが、後半2ゴール無失点。安間采配がドンズバに決まる。敬真と遼一、両者にとっても気持ちよくプレーが出来たということだろう。

 

何といっても左SH前田遼一だ。

身体を背負う強さとボディバランス。ボールを置く位置に感じるインテリジェンス。派手さはなくても確実に相手の逆を取り、そして丁寧な技術でパスを届ける。FWとしてボールプレーヤーであり続けたその振る舞いが、そのままサイドの位置でも遜色なく輝く。収めどころ、起点がFWだけでなくサイドにも置かれ、それがチームにも好循環を生み出す。

思い出すのはルーカス・セベリーノ。彼もまた体格を備え、ボールプレーヤーであり、多くのゴールを生み出してきた選手だが、FWとして戦い続けるには難しい年齢に差し掛かってからはSHとして存在感を発揮。34歳で引退したラストシーズン、J1リーグ戦34試合11ゴールは見事の一言に尽きる。

そんなレジェンド・ルーコンと、この日の前田遼一が重なって仕方がなかった。

考慮しなければならないのは、対峙していたグルージャ盛岡の力量だろう。J3リーグはAクラス、Bクラス、そしてCクラスとチームの力量がはっきりと分かれる。17位中16位に位置する盛岡はハッキリとCクラスのチーム。実際この試合で矢島輝一は相手の力量を測ってか、GK波多野豪からのゴールキックを、多くの場面で胸トラで収めようとしたし、実際に多く成功もしていた。それを考慮すれば、そりゃ前田遼一の力量であればどのポジションだろうと…

それでも、そのプレーぶりをクラブレジェンドと重ねてしまっては、現実的なものさしは一旦隅に置いてしまいたくもなる。

 

長谷川健太監督の下、FW前田遼一は何ともピリッとしなかった。ディエゴが未知数だったシーズン序盤も、そのディエゴが出場できない試合のときも、途中出場で攻撃にパワーを掛けるジョーカーとしても。何度も期待を込めて出場機会を与え、しかし明確な回答は示すことが出来なかった。

単に健太監督のスタイルとの、相性の問題もあるかもしれない。しかし前田遼一も37歳。例え違かったとしても、それを”衰え”と紐付けられてもやむを得ない。そしてここにきてのJ3出場。正直、来年は無いかなと覚悟もしていた。

けど、そこにちょっと未練が増える内容だったのには間違いない。

実際、今シーズンのFC東京を悩ませた一つが、SHの駒の少なさだ。長谷川健太監督が求める徹底した守備意識とファストブレイクに求める出足の速さ、SHはどのポジションよりも負荷が求められるポジションだった。東慶悟大森晃太郎の2枚に田邉草民が食い込む3枚体制でのローテーションは、夏場の疲弊を分散しきれずに、結果としてチーム失速の大きな原因の一つとなった。

もちろん、遼一にシーズン主力で連戦をこなしてもらおうというのは流石に無理があろう。ローテーションの4番手、願わくば3番手として、谷間を担ってくれれば十分だ。それがルーコンのあの姿を思わせる、偉大なるJリーガー前田遼一の「もうひと花」だとすれば最高でしか無い。

 

セカンドチームのU-23で、37歳の大ベテランの夢が広がるんだからやはりこの制度は面白い。人の可能性は、どのタイミングでも無限に広がるということだろう。

J1もJ3もともに、残り3試合。気づくのが遅すぎた自分が悔しいくらいだ。前田”ルーコン”遼一の夢を、来年ももうちょっと見てみたくなった。

証明された「環境」問われた「指導」 FC東京U-23 3か年総括

U-23のことを考え、アウトプットするような人は日本では数少ないから、こういう記事を読むと何だか勝手に嬉しくなる。

Jリーグ、そしてガンバ大阪セレッソ大阪FC東京によって実験的に行われてきたU-23施策も、2018年で3シーズン目となった。そんな2018シーズンも、夏の中断機会を経て後半戦に突入。夏の気候も一気に収まり、いよいよ終盤戦の匂いが強くなってきた。そして大きな施策も「3年一区切り」と考えれば、一旦の振り返りとジャッジがそろそろ求められてもおかしくないだろう。

そんな時期なので、セレッソ大阪においては先ほどのような記事も出てくるし、ガンバ大阪に至ってはU-23から撤退するといったニュースが聞こえてくるのも(内容はさておき、所詮久保武司と言えども)事象としては分からなくもない。

そして、FC東京U-23である。そろそろ、一区切りの振り返りを行ってもいい時期だろう。


まず、自分なりに選手育成に関する要素を整理してみる。

フットボールクラブが構えるアカデミーが、サッカー選手に対して+αの成長機会を与えるとなった場合に、そこに絡む要素はざっくりと「環境」と「指導」の2つなのかなと考える。それぞれを言い換えれば、環境=ハードであり、指導=ソフト。まぁ恐らくはサッカーのみならず、どんな競技どんな選手、どんな職種どんな人生においても共通して言える要素だろう。どんな環境と指導を、所属する選手に対して提供できるか?それぞれの価値が合わさって、アカデミーの価値が測られる。

と前置いた上で、FC東京U-23を「環境」と「指導」に分けて考えてみる。

U-23は環境と指導の2要素で言うと、まずは「環境」面での寄与ぶりが大きく目立つ。

環境と一言で言っても、その中身は多種に渡る。

例えばひとつは、選手に経験を与えるという側面。具体的に言えばJ3リーグ公式戦の出場時間を、所属選手に分け与える事が出来る。Jクラブのアカデミーとしては「公式戦に勝てる選手」を育成したいわけで、そのためには公式戦での試合経験を積むのが最善であることは言うまでもない。

これが所詮TMでの試合経験では、モチベーションコントロールに難しさが出てきてしまう。それは自チームに対してのみならず、相手のモチベも関わる問題だ。自チームをいくら焚きつけたところで、相手がTMモードの緩いメンタルで来られてしまっては何の意味も無い。

それがU-23であれば、J3リーグ所属クラブを相手に公式戦として戦える。クラブそして選手個々が、主にJ2以上への昇格を狙い必死に戦ってくる、いわば「本気のクラブ」。それが煮詰まり過ぎて、時に彼らは我々U-23を「本気じゃないクラブ」「真剣勝負の場に不釣り合いな遊びのクラブ」と怨念交じりにハッキリ見下してかかってもくる(それは選手以上にむしろサポーターに、事象として多く見られた。西が丘で観戦していると、対戦相手のサポーターの振る舞いからそれがよく分かる)。ただそれら全部が、我々からすれば選手の成長を促す恰好の”養分”だ。焚きつけるでもなく勝手に、肥やしがブヒブヒ向かってきてくれる環境は日本じゃなかなか得られない。

他にも細かい部分を言えば…自チームのオーバーエイジとしても、対戦相手としても、百戦錬磨のベテラン選手たちと言葉と肌をぶつけ合う機会だって、環境としては特別だ。FC東京であればU-23組のトレーニングはトップチームと一緒に練習する形を取っているので、それも”環境”。有料試合で多くの観客の目に晒されるのも”環境”。サポーターから応援される機会も”環境”。

こういった、U-23が在ることによって生み出される様々な”環境”による効果は、選手たちが本来属していたカテゴリに居続けるだけでは決して得られないものだ。

また、そこに”環境差分”があればあるほど、より効果も高まる。

東京で言えば直近だと、木村誠二とバングーナガンデ佳史扶の事例が挙げられる。今年高校2年生の彼らは、元々はU-18でもトップチームに絡めていない、まだこれから程度の選手たちだった。春前のプレシーズンではU-18トップチームとして試運転もされていたが、ついていくのもやっとの様子だった。

それがU-23での出場機会が回ってくることとなり、「環境差分」を全身に喰らった。それにより彼らは心身ともに成長し、つい最近ではU-17日本代表にも選出されるまでになった。

環境上位に自らを順化させることが、そのまま自身の成長に繋がり、結果的に本来のカテゴリを突き抜けることにもなった。U-23の環境が、彼らの年代別代表選出に貢献したのは間違いないだろう。

ただし、残念ながら時間を重ねる事により、選手は年を取り、身体も成長し終え、当初に得られていた環境差分からは徐々に縮まっていく。よく言えば上位環境に自らを適応させたという話にはなるが、それが所詮J3レベルとイーブンになったに過ぎないことを忘れてはならない。

何より環境とは「慣れてしまう」ものでもある。日常が勝手に刺激を与えてくれるのは最初の数か月程度かもしれない。2,000人弱の観客動員にも、応援を受ける光景にも、悪い意味で慣れてしまうことで「環境」による効果はみるみる萎んでいってしまう。

こうして環境による効果に甘えられなくなってくると、次に期待したくなるのは、もう片方の要素である「指導」となる。U-23という器の中で、果たしてどのような「指導」が要素として機能しているのだろうか?

と、このように「環境」と「指導」に分けて考える事で、U-23施策の中間評価、そしてFC東京U-23の中間評価は行いやすくなるのではないだろうか。


FC東京U-23において「指導」面の問題があるのは間違いない。安間U-23監督自身の問題も当然に大きい。

ただし、その「指導」面を阻害する要因が周辺に多いのもまた見逃してはならない事実だ。だから「指導」面の問題を、所詮安間が悪いとかミニラのが良かったとか、そういう小さな話だけで終わらせてはいけない。安間監督には是非、記者会見で「俺が1番悪いですが俺だけのせいになるのは腹が立ちます」とコメントしてもらいたい。

例えばFC東京U-23においては、ソフト面の運用はトップチームの意向に大きく影響されてきた。

U-23設立の意図としては、オーバーエイジのコンディション調整としての利用も含まれているが、その位置づけの大小はチーム事情と監督意向に大きく左右されてきた。城福→篠田→安間→長谷川と監督が代わる毎に、もしくはトップチームの成績状況により、OAを使う使わないがコロコロ変わってきた。

その全てのシワ寄せが、U-23のみならずU-18にも悪影響を及ぼしてきた。

OAに押し出される形で、U-23選手たちが本来とは異なるポジションでの戦いを強いられる場面が増え、それは「選手としての幅を広げる」では済まない域のものもった。それでもU-23選手が足りなければ今度はU-18選手が借り出される。U-18選手もまた同じく、本来のポジションで戦える場面もあれば、そうで無い場面もあった。

U-18選手の引き上げと出場機会創出は「環境」面での成果として挙げはしたが、他方で酷使によって重大な怪我が増えたのは見逃してはならない。実際の怪我発生件数までは調べていないが「土曜にJ3で90分、深夜早朝に移動して日曜に高円宮杯プレミアリーグで60分」や「同日に会場ハシゴして2試合ダブルヘッダー」とかやらせていれば怪我なんて増えて当然だろう。

U-23立ち上げ当初からFC東京は、トップチームとU-23に線を引かない運用がされてきた。それはガンバ大阪時代に線を引いて運用してきた主導者だと糾弾された長谷川健太FC東京監督に就任して以降も、方針は何ら変わらない。

そしてその運用のキモとされてきたのが、人数を絞った選手編成であった。U-18選手の積極活用、育成の前倒しとして組まれた編成だったが、蓋を開けてみればその実情はU-18選手のブラックな酷使であり、U-23における「競争の希薄さ」にも繋がった。

OAは本来のコンディション調整の思惑だけでなく、チームの総合値を引き上げるため、相手チームより劣ったフィジカルアベレージを押し返すため、「育成の養分としての勝ち点3」に繋げるために、より有効活用されるべき枠だろう。そしてU-23内での競争創出やU-18選手の過度な運用を避けるための、選手編成のあるべき姿は、現在の形では決して無いはずだ。選手編成の方針は「ソフト面での不備」としてメスが入るべき箇所だと自分は考える。

(高卒直後のU-23選手やU-18の選手たちは、J3シーズンをフルでこなすだけの体力がそもそも備わっておらず、連戦とリカバリに追われ過ぎて「経験を持ち帰って、課題として小平で取り組む」だけの猶予が無い状況だと考える。加えて、プロ環境適応のために本来積むべきフィジカルトレーニングも追い付いていないし、そのため余計な怪我リスクばかり高くなっているのが現状ではないだろうか。個人的な肌感だけで言えば、U-18のJ3出場時間はシーズン500分程度、高卒1~2年目はシーズン1000分程度で十分だと思う。)


U-23施策の3年間を、自分なりに総括してみる。

能力をマイナスレベルからJ3レベルにまで引き上げる効果として「環境」面は大きく寄与しているのは実証できただろう。方や環境面だけではJ3レベルからJ1レベル以上にまで能力を伸ばすには至らない事も確かであり、本来そこを担うべき「指導」面の効果もあまり見られなかったとも言えるだろう。

もちろん、環境要素が即効薬のように選手に即時反映されるのに対して、指導要素は長い年月をかけて徐々に花開いていくものである事は考慮すべきだろう。故に、指導要素を測るために必要な時間は、それこそ3年間では少なすぎるのは前提の話としてではあるが。

しかしそれでも、遅効性な結果を待たずとも既に「指導」面で大きな問題が多く出ているのは前述の通りだ。

久保建英横浜Fマリノスにレンタル移籍したのは、こうした諸々の複合的な結果なのではないだろうか。(ただし、建英が不足を感じ、彼が求めているものが果たして本当にマリノスにあるのかは俺は知らない)

…と、こうやって書いていると、あたかもU-23施策に否定的な結論に聞こえてきそうだが決してそうではない。

言い方を変えれば、U-23施策による「器」としての価値はほぼ実証されたとも言える。カネさえ積めばある程度の効果が高い確率で期待できるのだから、カネのかけ甲斐ある施策である事は間違いない。

気になるのはコスパ見合いの部分だが、1年目当初に検討した通り「意外にも入場料収入が見込める」事を思えば、コストの問題はそこまで大きくないのでは?というのが引き続きの見解だ(改めて現在のチケット価格を確認してみると、ガンバU-23はいつの間にかチケット値上げしてたし、方やセレッソは据え置きといった状況)


U-23造って、魂入れず」。

FC東京U-23に次の3年があるならば、2019シーズン以降の3年間は器に魂を吹き込むフェーズとなるだろうし、そうでなければならない。それが成されなければ、U-23がただのヌルい環境に成り下がってしまうのも時間の問題だとも思っている。

そのためには、ひとつは安間監督に代わる新たなU-23指導者招聘も必要だろうし、選手編成の方針も大きく見直されなければならない。あらゆるソフト面のブラッシュアップのために、クラブがU-23をよりしっかりとハンドリングしなければならないだろう。

FC東京U-23に魂を吹き込むべきは、トップチームの監督ではなく、FC東京というクラブであるべきだ。

この気づきこそが、3年間で得た最大の学びなのかもしれない。

もっとみんなに知って欲しいぞ!世界最大のサッカー大会"ゴシアカップ2018"遠征記

スウェーデンのゴシアカップに先日行ってきました。

知らない方にとっては「ゴシアカップって何だよ?」「そんな大会に何で行ったんだよ!」という話もあるでしょうが、それらの説明を後回しにしてまず感想を述べれば…とにかく最高でした!みんな絶対に行った方がいいって!!

ということで、来年以降ゴシアカップに参戦しようってクラブ・サポーターの参考となる様、必要そうな情報をWebの海に投げ込んでおきます。これで少しでも、ゴシアカップ遠征行こうかな?って迷っている人の後押しになれば幸いです。


・ゴシアカップとは

ゴシアカップとは、スウェーデンで1975年から続く歴史のある大会であり、育成年代における世界最大規模のサッカー大会(フェスティバル)でもあります。男女それぞれU-11~U-18など各10以上のカテゴリがあり、その大会規模は2018年大会においては…

  • 参加チーム:1,731チーム
  • 参加国:78ヵ国
  • 実施試合:4,424試合
  • ゴール:19,506ゴール

と、世界最大の名にふさわしい、とんでもない規模となりました。

この大会に、毎年Jリーグは前年度の最優秀育成クラブを派遣しています。そして今回は、2017年度受賞クラブであるFC東京が”Jリーグ代表”として、大会の最大権威であるBoys17Eカテゴリ(GOTHIA TROPHY)に参戦しました。

ちなみに、2018年度大会においては、Boys15カテゴリにJリーグ選抜チームが、Girls17Eカテゴリに日テレ・メニーナが参戦し、日本からの参加クラブは計3クラブでした。

ということで、そんな大会で戦う彼らを応援したいと、勝手にヨーテボリに行ってきた次第です。


ヨーテボリにいこう!

ゴシアカップが行われるのは、スウェーデン第2の都市であるGöteborg(ヨーテボリイェーテボリ)です。世間的には、名前は知っているけど…程度の認知度かもしれませんが、

と様々な顔がある、歴史の街でもあります。

ヨーテボリへの行き方に関しては、詳細はググって貰えればですが、そちらを参考にしていただければと。ここでサラッとポイントだけ記載しておくと、ストックホルムorコペンハーゲンから鉄道で入るのを併せて検討するのがコツかと思います。ざっくりと、

って感じの位置関係なので、大阪に行くのに、飛行機乗り継ぎだけでなく新幹線もあるよと。それを知るだけで、手段はかなり広がるかと思います。


ヨーテボリに向けてこれやっておこう

これも詳細はググった方がですが、キーとなるのは

  • 先進国キャッシュレス化No.1スウェーデンは街ナカ屋台もクレカ決済オンリー
  • SIM購入はコンビニでサクッとできるので、手順さえ予習しておけばハードル低い

の2点です。自分は1週間程度ぷらぷらしていましたが、結局スウェーデン・クローナを一度も両替する事なく旅行が終わりましたし、現金自体も見ることが無かったですね。旅行に向けて予め現金用意して持っていくかは、もちろん最後は自己責任でどうぞとはなりますが、少なくとも現金を両替するかどうかよりもVISAカードを用意しとけるかどうかの方が300倍重要かと思います。

あとは海外旅行共通の、定番の下準備として…

  • 利用する空港のフリーWiFi事情を把握しておく
  • GoogleMapのオフラインマップ機能は超便利

オフラインマップ機能、知らなかった…超便利だった…


・”ゴシアカップの街”とは

世界最大規模の大会であるゴシアカップともなれば、行われる試合数も前述の通り4,424試合にもなり、それを一週間足らずでこなすためには、それだけのグラウンド数が必須となります。

そのため、会場であるヨーテボリにはなんと、街中や郊外を含めて何と103個ものグラウンドが!正直、これが一番衝撃的でした…

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当然、必要なのはグラウンドだけではありません。例えば4,424試合を捌く審判員を用意するのだって労力ですが、方やこれだけのレフェリング機会を男女関係なく創出できているという側面は、スウェーデンのサッカー国力に直結する話でもあります。また約3万人もの選手を受け入れるため、宿泊施設は夏休み中の校舎に布団を敷いて雑魚寝という”割り切り”もみられました。

ヨーテボリという街自体はそれほど大きくはなく、市内を走るトラムに乗って数駅行けばすぐに丘陵地帯といった、こじんまりとした印象です。

ただ、そんな街がホストシティとしてこの世界最大規模の大会を、ある箇所では豪華に、またある箇所では質素にと、メリハリをつけながら完璧にオーガナイズされている様子には大変驚きました。

メイン会場のひとつであるHeden地区は、中央駅から徒歩数分程度の場所にあり、大会本部に加えて、1つのメインスタジアムと4つのピッチが集合していました。そう言うとJヴィレッジのような立派なフットボール施設を想像しがちですが、実際はだだっ広い空き地に人工芝マットを敷いた程度のものに過ぎませんでした。

またメインスタジアムであるSKE Arenaなんかは、人工芝マットの周囲を仮説で足場を組んだに過ぎない代物。それが常設なのか、都度壊しているのかは不明ですが、実際にその会場で観戦してみた感想としては「必要十分」。

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もちろん、これが日本でそのまま容易に実現できる訳ではないでしょう。法律も気候も土地事情も、スウェーデンと日本では大きく異なるであろうことは想像できます。

ただ、日本はガッツリと全部盛りを最初から求めすぎてるのかな、それによって機運とスピード感が一気に遅くなるのであればもったいないな…そんなことは思いました。

そういう意味では、これほど規模が大きいとは言えど、大会自体の印象は「牧歌的」なものだったと言えるかと思います。


・絶対に参加すべき!世界中の火力高めサッカー好きが集う「開会式」が超楽しい

牧歌的、と表現してからほんの数秒足らずではありますが、第1日の試合終了後に行われる「開会式」はそれとは真逆の様相。とにかくカネがドバドバつぎ込まれ、化学調味料を山盛りぶち込んだ様な演出てんこ盛りでとにかく最高すぎたんだ!!

会場のUllevi Stadiumは、中央駅から徒歩10分程度の都市ど真ん中にある4万人収容のスタジアムで、まるで長居陸上競技場のような佇まい。そこに約3万人の選手と、チームに帯同するスタッフたち、あと自分の様な物好き一般客とで、スタンド+アリーナ席は超満員札止め状態。

まず入場前のスタジアム周辺の喧騒から面白い。W杯に現地参戦した事のある人であれば、あの会場周辺の多国籍な幸福空間は想像しやすいかと思いますが、それがW杯以上の「78カ国」で構成されるわけだから、単純にW杯の倍以上に楽しい。

加えて、W杯イヤーの開催にたまたま行けたことも非常に良かった。ゴシアカップの大会自体がW杯決勝のちょうど翌日からだったため、いたる所でW杯ネタがイジられまくってる!

例えば…ブラジル選手団が歌って踊っている横で、ガーナ選手団がネイマール痛がりいじりとか。

例えば…イングランド選手団を見つけたクロアチア選手団が、敢えて目の前を無理矢理に横切って、イングランドにバチボコブーイングされたりとか。

けどフランス選手団入場の際には「2018W杯チャンピオン!」として紹介され、ビジョンには決勝の様子が映し出され、スタンドみんなから祝福されたりとかも。

こうして見てると、これほどの様々な国の人が同じものを見て、同じく熱狂して、言葉が通じなかろうとそれを前提にコミュニケーションが図れるサッカーって、改めて凄まじいなと。しかもいる人間の殆どが、強烈なサッカー好きであり、かつ人生50年で一番火力が強い10代の少年少女だから、バチりあいが大艦巨砲同士すぎる。

 

開会式ではその火力が最大限に放出され。また煽る開会式演出もコッテコテにベタ極まりない。

韓国選手団が入場する時は江南スタイルだし、南ア選手団のときはシャキーラだし、ブラジル選手団はサンバデジャネイロだし。アイスランド選手団のときは、あえて曲を止めてバイキングクラップ煽ってからのマッシュアップ。何たるベタ。

しかも謎に生歌生バンド主義で、どれも歌手がゴリゴリに歌いあげる。絶対あいつシャキーラじゃないのに。つまりカラオケ。でも関係ない。火柱はガンガンあがるし(しかも天然芝の上に養生無しで設置)、最後にはWWE並みのファイアーワークス(しかも天然芝ry

 たぶん、本チャンのW杯とかオリンピックとかだと、開会式にある程度の土着感とコンテンポラリーを強要されるところがあるけど、ゴシアカップはそんなの知るか!とニンニクマシマシで超サイコー!!ゴシアカップに行こうと思う方がいれば、開会式には200%絶対に参加した方がいいぞ!!


・Gothia Cup 2018 FC東京U-18戦記

FC東京U-18の遠征メンバーはこちら

U-18は高円宮杯プレミアリーグ公式戦とクラ選初戦がちょうど重なる日程、かつU-23も絡んだりと、クラブとしては選手繰りに非常に苦労をしたかと思います(U-23が絡む問題なのであくまで自己都合)。結果的にはU-17カテゴリながら2年生+1年生+U-15深川むさしからも3名を加えた、幅広いメンバー構成に。ただ同行スタッフは中村忠・右田聡と躊躇のないものともなりました。

また、Jリーグからの派遣という扱いなのもあって、日程もかなり余裕のあるスケジュールに。大会初日から数日早くに現地入りしミニキャンプを実施。調整試合もこなしてから大会に臨めるという好待遇でもありました。

それもあってか、はたまた忠さん右さんの性格上もあってか、初戦からわりと妥協のない本気スタメン編成でこの大会を進めていた様に伺えました。外国の選手を相手に、やれるメンバーやれないメンバーはハッキリと分かれましたが、それが出場時間にも反映されていた。

ただそれが最終的に、準決勝での敗退に繋がるわけで。

単純に相手の戦力としては、準々決勝のBK HÄCKENの方が強かった。あの体格で止め蹴りの角度の作り方とか完璧だったし、あえてのコンタクトで剥がせもするからボールが奪えない。相当に強烈だったけど、相手が2位抜けの当日2戦目だったから終盤で体力がガクッと落ちて、それでウチがPKで勝てた。

それに比べれば準決勝のIFK Göteborgの方が弱かったけど、今度はウチの蓄積疲労が火を吹いた。純カラで技術も何もあったもんじゃなかった。

ひとつは、優勝するのであれば6 or 7試合を6日間で連続して戦う必要があるわけで、準決勝であれだけ純カラになってしまったら、そもそも優勝する資格が無いということになっちゃう。単純な話をすれば、W杯優勝したい!って口にする選手がいたら「じゃあ7試合戦う準備できてますか?」ってこと。優勝できる選手になるための体力、技術ってのが身に沁みたと思う。

加えてもう一つはその手前の話で、体力純カラな中でも、ピッチ上で「それでもクオリティ踏ん張れるか」。やっぱ体力の減少ととともに、もしくはその下げ幅以上に、クオリティ低下を個々が食い止められなかった。ピッチ上にまだ立っていて、時計の針も動いているのであれば、その中での「それでも」を、個人的にはもっと食い下がる姿が見たかった。

そういった、やれたこと、やれなかったこと、やる機会も得られなかったこと、全てひっくるめて貴重な体験だったことは間違いなくて。もちろん、カネ出してもらったJリーグに対してこの結果がどうだったのかってのはあるかもしれないけど。でも現地の観客からの「コンニチワ!コンニチワ!」って煽りに、安里がアップしながら「こんにちわ!!!」ってアンサーかましてくれる様子とか見てると、やっぱり場と機会は有り難いなと。

この機会を与えてくれた、これまでの先輩たちへの感謝を忘れずに。今後のサッカー人生で恩返しする姿に期待したいと思います。

ちなみに同じく大会に参加していた日テレメニーナは、ウチらと同じ17Eカテゴリで見事に優勝!

ウチとは違って、無駄な摩耗を極力させない位に、技術力で相手と差をつけていたかなと。全体的にはもうちょっと、2秒先の未来を予測して、その逆を突くような感じが増えてくると、より読ク魂を感じられて楽しめそうだけど。それが出来ていたのは18番の選手だったかな。ちょっと気になる。

しかしヴェルディメニーナサポはせっかくの快挙なのに誰も来てなかったなぁ〜それで良いのかぁ〜?(急に青赤っぽい煽りスタイル)


・ゴシアカップ絶対に行った方がいいぞ!

ということで、ゴシアカップは最高の環境で最高の体験を得られる、最高の大会でした。行くまではかなり不安もあったけど、サポーターとしてもW杯に行ったときのような体験の連続で、本当に楽しかったです。ヨーテボリ、いい街だったなぁ。またU-14で組まれたJリーグ選抜の選手たちも含めて、選手スタッフにとっても、きっとこれを今後の財産にしてくれるはず。

この様な機会を彼らに与えてくれたJリーグにも、いちサポーターとして感謝を述べさせてください。ありがとうございました!

そして、今年最優秀育成クラブ賞を受賞したトコのサポーターは、来年もゴシアカップ遠征がきっとあるはずと身構えておいて欲しいし、もし派遣されるとなれば是非サポーターも行って欲しい!

ゴシアカップ2019の日程は、既に7/14〜7/20とリリースがされているので、Jリーグアウォーズで受賞が決まったら、そこでもう7月16日〜19日の有給を取ってしまおう(海の日連休なので、有給4日でOK)。

世界にはこんな面白い大会があるんだなぁと勉強になりました。また、せっかくJリーグが数年かけての素晴らしい取り組みなので、大会自体も含めてもっと世間に認知してくれれば良いなぁ。そんな価値が十分ある、今回の遠征でした。

その前に「なぜ田嶋幸三を仕留められなかったか」を、胸に手を当てて考えたことありますか?

 

この手の主張が、コロンビア戦勝利をきっかけに大量に見かける様になったのは、恐らく己の偏ったTLのせいでしょう。そしてその偏ったTLの生成主である”偏見大好き”な自分なので、これらの意見を見るにつけ、

「そういう類のこと言う奴の80%は、コロンビア戦で負けてたらそれをバチボコ攻撃の材料にしようとしてた奴」

だろうなぁと勝手に決めつけてしまう。ピックアップしたこの人たちが80%側に属する人間なのか、はたまた20%側のマイノリティなのかは知ったこっちゃないけど。

ただ、なぜそう決めつけているのか?については理由がある。それは勝利という結果が出た後に「勝利」と主張するダサさに、本人が気づいていない様子が伺えるから。じゃなければ「100回言う」とかイキれないでしょ恥ずかしすぎて。バカが振りかざす正義感とか逆に迷惑すぎて、恥ずかしくて見てられなくないですか?


「結果」というものに対して、80%な方々が見誤った点が2つある。

1つは、ワールドカップで勝つこと、結果を残すことの、意味もしくは重要性・強さを舐めていたこと。自分もコロンビア戦の翌日に会社で、サッカー全く知らない人から「大迫半端ない」を聞かされた時にはW杯の伝搬性に4年ぶりに驚いてしまった。 そして世界でも、その勝利は称賛をもって一気に伝えられた。それらの人たちにとっては、経緯や内部事情なんて知るわけが無いし、むしろ知る必要もない。そして、そういう意見が世間をマジョリティとして支配するのも、言ってしまえば当たり前の事だろう。

そしてもう1つは、今回のJFAによる愚かな決断によってW杯コロンビア戦は惨敗するに決まってる!と「決めつけた」こと。今後起こることを、頭の中で良い方向に勝手に決めつけ、それに何の疑いも持たなかったこと。

それはつまり、サッカーという競技性を真に理解していなかったという話になるだろう。ラグビーのような、実力差と勝敗をひっくり返すのが極めて難しい競技に比べるまでもなく、サッカーはミスのスポーツであり、勝敗が極めて不確実なスポーツだ。日本人はその競技性を、みんな大好き「ジャイキリ」というワードで知っていたはずだ。コロンビアと日本の対戦を「FIFAランキングを日本サッカー界に置き換えたら”ガンバ大阪vsヴァンラーレ八戸”と同じ」だと聞けば、「あぁコレ確かにあり得るやん!あり得なくもないやん!」とは、多くの人が思うはずだった、本来であれば。それらを怠ったのは、決めつけに潜む「傲慢さ」故だろう。

本番であるコロンビア戦で、まさか前半3分で赤紙PKをゲットできるだなんて、もちろん誰もが思いもしない。まさにKAMIKAZEとしか言えない様な事態が、実際には起こってしまった。しかし、それがサッカーでもある。サッカーが好きな人ほど知っていたはずだ、本来であれば。

この2点を謙虚に掴めてさえいれば、普通の考えでは「W杯の結果」を判断材料として使おうとは思わないはずだ。だって勝つかもしれないし、勝った時に世間で起こってしまう事も予期できたのだから。そもそも加える必要は無かったし、加えるべきではなかった。

なのに、世間は徐々にW杯での結果を判断材料として求め始めた。コロンビア戦は惨敗するに決まっていると決めつけ、それが世界中に伝播する事を求めた。

逆に現場の当人からすれば、”W杯での結果”が材料として取り扱われそうな世間の流れにシメシメと思ったはずだ。本来はノーチャンでアウトだったのに、世間が稚拙で遅いが故にワンチャン転がり込んできそうだと。それはクーデターまがいに本件をアシストした選手たちとて同様だ。

 事の実際はJFAという組織のガバナンスの問題だったのに。 W杯の結果なんて関係なかったのに。

むしろ世間が材料として求めたのはW杯での結果だけではない。 西野監督就任記者会見でのたどたどしい姿に求め。ハリルホジッチ前監督が構想していた”であろうと思われる考え”を外部の素人に意見を求め。メンバー選考30人の中身に求め。ガーナ戦に求め。最終メンバー23人に求め。スイス戦に求め。パラグアイ戦に求め。そして、コロンビア戦に求め。

こうして人は、貪欲に、何となくネガティブになりそうな材料を求め続けた。それが事の決断を、余計に後回しにしてきた事に気づかずに。当事者に余計なワンチャンを与えてきた事にも気づかずに。

田嶋幸三の愚行に、W杯での結果が関係ないのは分かった。そんなの知ってる。じゃあなぜ結果が出る前に、田嶋の首を仕留めようとしなかったの?結果って材料は関係なかったんだから出来ましたよね?

必死にかき集めてきたネガティブっぽい材料たちは本当に、全てが田嶋の首を仕留めるために必要な材料だったのですか?そもそもガバナンスの問題をボヤケさせる、論として矛盾を足してしまう、余計な材料だったのではないのですか?

つまりそこには「W杯での結果は直接的には関係ないけど、W杯での悪い結果を材料として強く欲した」想いが透けて見えてくる。

コロンビア戦での惨敗が、単勝2倍のガチガチな鉄板馬券だったのは確かに分かる。けど、そのギャンブルに全額突っ込んで大惨敗した現実を思い知らねばならない。全ての理屈を”コロンビア戦での結果”に着地しようとして大失敗した負債を支払わなければならないのは、はずれ馬券を握りしめた80%だ。そんな人らが、結果が明らかになった後に口にする、

その、何と虚しいことか。


2018ロシアW杯。GLを1勝1分、勝ち点4。

明日のポーランド戦がどうなろうとも、それによってGL突破が叶おうとも叶わずとも、JFAとしてはノルマは十分に達成したと言っていいだろう。こうして、田嶋幸三は今回の件について、まんまと逃げ切りに成功してしまったわけである。

あぁ、あんなにも適当かましていた無能の極み、田嶋幸三が当分はJFA会長として居座ってしまう事が確定してしまったよ。FIFA理事選に、散々根回ししたのに落選した田嶋が。JFA会長選出過程のクローズドさをFIFAに刺されて渋々会長選挙を行ったのに、当選後の原博実霜田正浩への懲罰人事で再度FIFAに刺された田嶋が。それに嫌気をさして岡田武史に逃げられた田嶋が。

どうしてくれるんだよ、80%よ。ホントに分かってる?分かってないでしょ?

あなた方がやるべき事は、「結果関係ない~結果関係ない~」って100回言うことじゃなくて、まずは「結果が出た後にそれを言うことの恥ずかしさを知ること」であり「サッカーという競技を見誤らずに、驕らずに、結果が出る前に仕留めるべきだったという後悔」だよ。

そうやって、胸に手を当てて考えたことありますか?


JFAに田嶋が居座ることで、今後も何かしらめんどくせえ事は起こり続けるだろう。直近で言えば、西野監督続投が早くも紙面を賑わしているし、いずれまた性懲りも無く「秋春制」もぶり返してくるだろう。そんな目に見える未来の災厄に対して、果たして次回こそは本当に、組織に対して適切なメスが振るわれるのだろうか。

もちろん世間の80%がこのままであれば、振るわれることは当然無いだろう。 引き続きWebの世界には「仕留められるかは別にどうでもいいけど、程よく自分は気持ちよくなれる程度の数百・数千のいいね」を狙ったポジショナルご意見が溢れ。しかし実際には本郷三丁目には一切の風は吹かず。

そういった全部をひっくるめて、日本サッカーのガバナンスの問題と呼ばれるべきなのかもしれない。


…といったところでお時間となりました。それでは最後にこのナンバーをお聞き頂きながらお別れとなります。RHYMESTERで「余計なお世話だバカヤロウ」。

ありがとうございました~。