前回はなんと、昨シーズン開幕前。
そこからのアルベルトーキョーの航海は、何ともまぁ紆余曲折ありました。
そして先日のルヴァン杯GLアウェイガンバ大阪戦は、FODで視聴している限りで言えば、いよいよ監督のクビが飛ぶ気配が漂い始める代物でした。
チームが悪いときしか書けないタイプのクソ人間こと自分なので、さすがにそろそろデトックスしてみます。
とは言えだいぶ期間も空いてしまい、経緯や考えの変化を丁寧に書いていたら時間が足りないので、まずは前提として自分のスタンスを表明するところから始めます。
【自分の好みのサッカー観について】
- 「ファストブレイク大好きな、やっひー信者」汚いトメルケルを観させられるとゲンナリする
- 華麗なパス回しに、すごいとは思っても、憧れとか美しいとか「パスサッカーは美しいから人を呼べる」とかは微塵も思わない
- けど、昨今の潮流として相手プレスを回避する術としてのパス技術が必須なのは確か。これは健太サッカーの教訓
- だから、パス回しは「プレス回避(=ビルドアップ?)」のためだけに使ってくれればいい
- 逆に、点を取る際に最終局面で「パスで」「美しく」「崩す」とかはマジでどうでもいい。セットプレー万歳。ファストブレイク最高
【アルベル監督について】
- 好き嫌いで言えば、マジで嫌い
- 監督として、具体の策をなにも持ち合わせていないと理解している
- (一般的な外国人監督全般だけど)言行不一致ぶりが耐えられない
- 自分に対する保険を強くかけすぎてて、トップの器じゃない
- それが影響してか、基本人望が無いと思っている
- 本人が公言している通り、リアリストなのは間違いない
- なのに「ボールを愛する系監督」に『なりたがってる』のが謎。端的に向いてない
- 逆にリアリスト全開で、相手対策しまくってリーグを年間戦ったら結構な成績残す可能性あると思う。こっちのが断然向いてる
【公式戦に対する自分のスタンス】
- リーグタイトルが最優先(今年取れとは思わんけど最短で)
- そのためであれば天皇杯・ルヴァン杯は捨ててくれて全然構わない
- ACL出場権すら邪魔だからいらない(ACLアウェイはバカ楽しいから、断腸の思いでだけど)
- なので、カップ戦は若手の出場機会に全振りでいい
- ただ若手選手は「自身の出場機会を増やすため(=自身のプロ人生のため)」全力で勝ちに行くべきだし、それを求める
- けど自分はリーグタイトル最優先なので、結果として負けても別に構わない(それで困るのは選手のサッカー人生だから)
これに本当は【mixiについて】が前提として書き加わるべきなんだろうけど、ここでは一旦省きます(スタンスだけ伝えておくと、mixiキチィ派の典型的な老害です)。
自分はトメルケールやっひー信者です。
いつも寝るときには「ハッピー・ラッキー・ラブ・スマイル・トメル・ケール・ドリーム!」って唱えてから寝るようにしています。パスって200種類あんねんな。
パスを回そうと思ったら、必要なのは技術が9割くらいなイメージでいます。それはやっひー教典「パスコースが狭かろうが、技術がありゃ通せるし、受け手もピタリと止めれるやろプレッシャー関係あらへん」に基づくもの。
だからこそ、最近流行りのポジショナルプレーや、アルベルが持ち込む術ってのを通して、技術に依存しないパスの回し方ってのが個人的にも学べればなというスタンスでした。昭和サッカー脳な自分を、令和サッカー観にアップデートする機会だなと。やっひーは極端なアホだからああ言うけど、パスコースは広いに越したことは無いのだからww
そう期待してここまで観てきた結論としては「結局、立ち位置だけでパス回しなんてでけへんやんけ」「技術必須やんけ」。けどここまでは正直、想定の範囲内。
それ以上にネガティブな驚きは、アルベルがリアリスト過ぎて、文化を変える胆力を大して持ち合わせていなかったということ。
自分は、やってダメだった、を繰り返す先にしか最終形にはたどり着けないと考えるタイプ。ましてや文化を変えていくというハードタスクであれば尚更。だから昨年も今年も、どれだけ「やってダメだった、な機会」を喰らわされるのかと、それによってどれだけ勝ち点を落としてしまうのだろうと、内心ビクビクしながら、けどやるってなら受け止めないとなと覚悟もしていたつもり。だから前回第1回でも、アルベルが残留のために考え方を切り替えられる「プロの監督」であればいいなと書いた次第。
そこまで覚悟したのに、蓋を開けてみればそんな機会が殆ど無い。細かい話は飛ばすけど、外回し厳守でそもそも「やらせない」し、そういったシーンをカバーできるような選手しか「選ばない」。ガンバ戦の2失点目、木村誠二が中央縦につけたパスを失ってカウンターでやられた場面。あれがむしろ相当久しぶりな印象で、新鮮すぎて感動すらあった位。
やらせもしないとなると、じゃあ果たして目の前の試合は何のためのものなのか?アルベルトーキョーには「文化が変わっていく『過程感』」がまるで感じられない。
その究極が、アウェイ名古屋戦のミラーゲーム。目先の勝ち点欲しさに「お安く」方針を捨てたあの試合。優勝目指してるならあの判断は勿論大正解。けどアルベル曰く「リーグ優勝は目指してない」のでしょ?じゃああの試合は何のために方針を捨てたのか?未だに理解できないし、そういう信念・軸の部分に対して雑な扱いをした事へのしっぺ返しが、現在進行形で債務膨らんでいるのがイマココという理解。
監督がやりたいサッカーを行うためには当然、やりたいサッカーをやれる選手を揃える必要がある。そのための手段は、
- 既存の選手をやれるように成長・変化させる
- やれる選手を新たに連れてくる
現実問題、必要なのは8割は後者なのは間違いない。その点でmixiが仕事してないのは確か。前者をやろうとしたところで、この年齢になって選手がいきなり上手くなるなんて事例なんて世間的にもほぼゼロでしょう(自分が知る限りでは橋本拳人くらい)。
けど、これは個人的な考えになるけど、監督がこういうサッカーをやります・やれます、と言うのであれば、最低限前者の術を持ち合わせているべきだと思う。それを無しに「自分はパスサッカーを行うのが得意な監督です。けど、そういう選手を育てることは一切できません、100%選手を取ってきて揃えてもらわないとできません」は無いし、何より『監督自身が声高に言うべきことではない』。健太さんはファストブレイクをやるために、どんな選手であろうと灰になるまで走らせたし、レアンドロと膝突き合わせて話し合ってコントロールもしてみせた。
アルベルにはその術がない。自分としての結論はこれ。小平での練習をよく観ている人、もしくは最新のサッカー観を持ってる人であれば「いやいや実は…」があるかもしれないけど、昭和おじさんには全く分からん。(そういう術を、正しいかどうかはさておき強烈に確固たる術として持ってるからこそ、自分は健太さんが好きだったし、やっひー信者なのだと思う)。
アルベルがリーグ優勝を目指さないならそれで別に構わないけど、その代わりにピッチ上で見せるべきは
- 何年後かの優勝を目指して、
- その時にどういう選手が軸になるのかをイメージつけて、
- ピッチ上でやりたいサッカーを「試みる」
これがとにかく重要で、昨年もしくは今年見られると思ってた姿は本来これ。主力として考えていた選手が怪我等で今いないのは分かるけど、であれば見せるべきは『あぁ、今回は選手も控え中心だったから失敗続きだけど、やろうとしている事自体はわかるよね』であり、『これを続けていけば確かに今後良くなっていけるよね』の手応えでしょう。
俺は最新のサッカートレンドも良く知らんし、細かい理屈はよく分からない。けど、これまでそれなりの期間も量も、好きでサッカーを観続けてきたから、自分が観た試合がどうだったのかってのは感覚で感じ取れているつもり。
アルベルトーキョーは、去年も今年も、そういう試合が非常に少ない。何故か?アルベルがチキって、そもそも「やろうとすらしない」から。術が無い。機会も無い。評価を受ける土俵にも立とうとしない。結局、度胸が無い。そんな試合を観させられ続けたところで「順調な過程感」を感じ取れる訳が無い。こうなると、もう本格的にアルベル続けている意味が無い。
選手がいるかどうか関係なく、理屈抜きに、感覚的に、多くのサポーターがそれを強く実感したのがガンバ戦だったのでしょう。自分は観れてないけど、アウェイ鳥栖戦もそうだったってことですかね?
FC東京を観続けてきた人であれば、ハッキリと「解任風」を感じたでしょう。こうなると、どこまでアルベルで引っ張るのかという話になる。アルビレックス新潟に介錯してもらえればシナリオ的には綺麗だけど、果たしてそこまで持つかねマジで。
これが常人の考え。
けど、それを決めるのは我らがmixi。サッカー観がベンゲルで止まっているmixiに、果たしてこの風を感じ取れているのだろうか。そして、決断するだけの胆力があるのだろうか。新しい「船」をこさえるだけ、サッカーを知っているのか。そこに愛はあるのか。
第2話で打ち切りだと思ってたこの物語。え…?まだ続きそうなんだけど??