あぁわが青春の「西川貴教のオールナイトニッポン 月曜二部」

そもそも何で聞けたかと言えば、姉がバカみたいに月曜二部をテープ録音保存していて、それを勝手にくすねて聞いてたから。そりゃあ起きてるわけ無い。中学生だもん。うーん今思い出すとあのテープの量は凄かった。そのテープも昔は持ってたけど、中学の時の友達(西川好き)にあげちゃったし。今もっとけば、相当な価値になるんだろうな。伝説の月曜二部、今聞いてみたいって思うリスナーはいっぱいいるはず。
そんな思い出の月曜二部、本サイトで結構まとめてるのね。
http://www.allnightnippon.com/nishikawa/super/history/history3.html
あー思い出す思い出す。
「拝啓 小隊長どの」は確かその時西川的ブームだったエヴァンゲリオンからのやつで。ってまあゲルゲ的、井手功二的にもブームだったけど。あーそうだそうだ井手コウジ。つい最近友人の家で見たMステで、NewSの曲作ってたのが井手コウジだったのはめっさ驚いたなー。「あ、作詞作曲井手コウジじゃーん!」まぁ周りはキョトーンだったけどさ。脱線しましたな。「あぁ我が青春の井手功二」ベッコでやろうかな?
「ヒム日記」は言わずもがな月曜二部時代の代表的なコーナー。コーナー始まる前に流れるBOφWYのライブ盤を聞きながら、ヒムロックのマネをしながら歌うがいつも良いところで曲が止まって「ここからが良いところなのに!」と文句を言ってたな。「原科ちゃんまつり」は、移民の歌をとにかく流しまくりだった。最近アレの意味が分かったよ。
「チィ兄ちゃんとチビ兄ちゃんのオールナイトニッポン」も伝説ですな。これだけでも手元にテープ残しときゃ良かったね。「世界は二人のために」やら「夜明けのコーヒー」やらね。
月曜二部ってのはやはり俺がラジオ少年になるきっかけになった番組だったね。今でも基準はココになるもんね。今は月曜一部か(そもそも「一部」っていう呼び方じゃないか)。当時の憧れだった福山枠ですな。感慨深いモンですわ。TBSラジオ聞いてるから聞けてないけど、今はどんな感じなのかな?