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広島戦を今さらちょっと

とにかく今週はめまぐるしい。トップチームはナビスコ挟んだ過密日程をこなし、何よりクラ選の夏がいよいよ開幕。サッカーに溢れる夏ってのは観戦バカにとっては楽しいものの、自分みたいにさらに勝手に何か書き残しておきたい人にとってはとにかく大変。日曜・水曜は福島に行って来たし、日曜なんかはこんなしょうもない事件もあってで疲れた。火曜だってクラ選の結果が気になりまくってて速報にかぶりつきだったし、何より再放送のビーチボーイズを録画して見始めてしまった。
そのせいで(ビーチボーイズのせいにするな!)煽りを喰らったのが広島戦レビューでございます。


試合終了直後に友人が「広島のチキン野郎が!」と叫び、ブログ等を巡ってみても、あらあら皆さん結構な物言いですので、今もうオレが何も言うことはないんでしょう。変な人を呼び込んじゃっても困るし。オレは何も言ってませんよ〜(卑怯者)。

実際の広島。個人的には今年のマリノスユースのスタイルに似ているかなぁ?と。両翼を土俵いっぱいにワイドに置いて、その位置目がけてDFから精度高いロングフィードを通すのが合図。そのDFとアタッカーとの長距離感と、その間を省略している感じが。もちろん、そこに「いるべき人」が戻ってきたときにどうなるか?ってのはあるだろうし、それは別に興味無いので確認しないけれどさ。
そこからのサイドからのアタックと、何よりクロスの質にはしかし鍛えこまれた感がありありと。あの高さ、あの速さ、それに対して中で受ける選手はこう配置して、身体ごとねじ込んでやる的なね。あのフットサルばりのファー詰めを、ペトロビッチは何度練習したんだろうか?ああいう形、そしてそこからこぼれてどうなった?みたいなゴールは今年のスパサカやらやべっちやらで何度も見ていたので、あぁこれかと素直に思えた。
そういう意味では、世間一般が想像するパスサッカーってのとは随分違うモノなのでは?と思うんだけど。あんだけボランチが関与しないサッカーってのも珍しいし。攻撃が自慢、って言えるだけの「形」を持ってることも、それを反復してきたであろう跡も重々分かったけれど、パスサッカー、じゃあないよ。そこではなくて「分かっちゃいても守れない」あの形の評価をするべき。



広島としては、この形で前半のうちに取っておきたかった。それがダメになったところで、この試合への位置付けは代わったと。9バックだの何だのと色々言われているけど、その9人が全員PA内に入って中央をガチガチに固めている様子があまりにも異端というか。前半から既に、DF陣は極端に中央に絞ってPA内を5〜6人でガッチガチに固めていたから、9人は極端ながらもスタイル的にはこれが広島のスタイルなんでしょう。

広島がJ1に再昇格してきた際に、専門誌で評論家筋が広島に異様に高い評価を付けていたのに対して、自分は凄い疑問というか不満をずっと感じていて。それは広島がJ2に落ちたのは守備の崩壊が原因だったのに、そこがどうなったのか?改善されたのか?それが全く言及されていなかったから。J2という環境を考えれば、守備の弱点が晒されたなんて事はあまり無いだろうし、結局守備の改善が何も出来ないままに再昇格してしまった、イコール今年も同じ轍を踏みかねない可能性が頭をよぎることは無かったのだろうか?と。だから自分は広島への評価の高さってのを全く信用してなかったし、そこで「結局は自分で観なければ確かめられないんだ」という当たり前の事実を悟った。
5月の広島ホームでの試合はTVで観ただけで、この試合が結局、「あの時」以来の広島だったわけだけど、そこでこういう広島の守り方を目の当たりにして、ふーんと、やっぱり自分の目で見なきゃダメだなぁとは痛感した。「守備が恐いから、いっぱい人を配置しちゃえ!」広島の結論はこうでした。後は好みの問題。自分はあの守り方にはインテリジェンスは感じなかった。だからバルサチェルシー戦のアンチ・フットボールに重ねるのはちょっと違うと思っている。


それよりもっと分かりやすい、素直に「日本代表vs中東勢などのアジア」に重ねるんでいいんじゃん?引いた相手にどう崩す?ってお話。代表戦を観てても「あの引き方されたらしょうがなくね?」とは思ってたけど、まさか同じ感想を味の素スタジアムで、オレの東京に対して思うことになるとはね。
うん、しょうがないんじゃないの?人数かけて、あぁされるのはやっぱり有効なんだよ。

そんな守りに対して、実はサッカーのことがあまり詳しくない自分にはその対策は3つしか思い浮かばない。1つは「ブロック外からのミドル」2つは「セットプレー」そして3つは「事故を起こす」。

ブロック外からのミドルは、この試合で言えば広島はブロックを全てPA内に圧縮したものだったから、イコール「PA外からのシュート」ということになる。正直、出来てたんじゃないの?それは今の東京の好調の賜物なのか、平山にしろ梶山にしろ遠くからのシュートは結構狙ってたし実際に撃っていたと。一番大事な終盤頃にちょっと減ってしまったのは残念だったけど、十分及第点な数だったと思う。どう撃ったって広島の選手に当たってしまうし、事実広島の選手も身体を投げ出して守っていた。そうスパスパ決まるもんじゃないし、だから広島のあの守り方は有用であるわけで。

2つ目の「セットプレー」究極、ここの「困ったときのセットプレー」が効かなかったのが最大の問題だったかも。大宮戦でも助けられた様に、やはりセットプレーは大事な武器であり、頼りがいある武器。実際に日本代表も対中東ではこの武器を十分に発揮している。更なるステップアップ、高みへの要求として、セットプレーの問題は解決しなければならない課題。ナオはやはりキッカーではなくて「こぼれミドル要員」としたい。

3つ目。オウンゴールなり身体のどっかにたまたま当たったりなり、ほとんど運でしかない様なゴール。けど、そんな運を数%でも自らに引き寄せることは出来る。「事故の起こし方」と自分は良く使うけれど、事故の起きそうなシチュエーションを作るプレー、そして意識。事故が起こるシチュエーションを作ってやれなきゃ、事故は生まれない。サッカーは所詮、運否天賦ではあっても引き寄せてしまう「何か」ってのは実は自分で作り上げることが出来るはず。

その点でも、選手交代ってのはその運否天賦を揺り動かせるものであるはず。
例えば昔、初代ジュビロキラー栗澤を磐田戦で使わなかった倉又監督を自分は批判したけれど、ここで大事なのは、所詮栗澤が本当にジュビロキラーなのかどうかはあまり関係ないということ。それが嘘でも、入れてみて例えばスタンドにいるファン・サポーターが「ジュビロキラーって言われてるから、もしかしたら…」ってちょっと思わせる『それだけ』でいいんだよ。そのちょっとが、運を自らに傾けることになる。
風穴をブチ開けるための、ちょっとのクラック。それはセオリーを通して作るのかはたまたセオリーを崩して作るのかは、その場の状況とその人のセンスによるのだけど。城福監督はセオリーを自ら崩すことを嫌がるというか怖がるよね。


スゴイ変な話だけど、城福監督って麻雀するのかね?福本伸行のマンガでも誰か監督にプレゼントしてやってくれ(笑)もしくは来年のファンブックの対談で城福浩vs桜井章一みたいな。どうですかフロムワンさん?企画書ご用意しましょうか?
こういう相手に勝つためにどうすればいいか?こんな結論で宜しいでしょうか(笑)


さて昨日の名古屋戦ですが、一体どんな感じだったのか全く分からないです。とりあえず、今の東京って何げにニュータイプ揃いの豪華集団の中で、赤嶺は「最強のオールドタイプ」コウ・ウラキ中尉にどこかダブるので頑張って欲しいです。
はい、BSのガンダム見すぎですね。やっぱ紫豚はムカツク女だぜ!