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二冠達成 それでもFC東京U-18は「勝ち続ける」 ユース応援企画 御礼に代えて

FC東京U-18 FC東京U-23

「今」が「未来」の何を保証してくれるのだろう。クラ選優勝を果たす1か月前の「今」では、こんな「未来」は到底予測できなかった。

2016年7月2日、高円宮杯プレミアリーグEAST対横浜F・マリノスユース戦。この試合はまさに、2016年のFC東京U-18の景色を強く映すような試合となった。
前半には、そのポジティブな面が随所に発揮された。FC東京U-18の選手たちは、必要な箇所で相手を圧するパワーを発揮し、またある箇所では相手を俯瞰した冷静さも見せてくれた。個で相手を上回る様子はまさに、今年ならではの特徴と言えるだろう。
方や後半はそんな様子も姿をひそめ、一気呵成のマリノスユースに逆転負け。前半が個で相手を上回ったのであれば、後半は組織で相手に上回られた格好。“チーム”としての脆さ。これもまた、今年ならではの特徴であった。

◇ ◇ ◇

FC東京は今年、クラブとして新たな試み「U-23」を創設した。このことに関して、細かい説明や意義は今さら説明の必要はないだろう。この施策によって、FC東京U-18の景色は大きく変わった。
U-23としてJ3リーグを。U-18として高円宮杯プレミアEASTを。そしてU-18Bチームとして東京都1部リーグ(T1)を。重なり合う階層のそれぞれのタフな環境において、40名の所属選手たちがこれまで既に55試合もの公式戦に臨んできた。
フレキシブルに選手が上下に移動する編成の中で、ある者は1階層上での試合経験を得、それを埋めるようにまたある者が新たなチャンスを掴んでいく。各人の置かれた環境で、選手たちはある意味「出稽古」を重ねてきたと言える。その効果は確実に表れ、それぞれの経験を通して成長した様子が発揮されたのが、マリノスユース戦の前半であった。
しかし、出稽古が増えるということは、他方で選手たちがチームを留守にする時間も増えることを意味する。マリノスユース戦後半に見せたチームとしての脆さ。そこで見えたのは、劣勢に立つFC東京U-18というチームに対し、どこか「他人事」のように振舞う40人の選手たちの様子だった。

そう、クラ選優勝の際に選手も監督も要因として語っていた「一体感」は、この時点ではチームにまるで存在しないように見えた。あの時の「今」、チームとして脆く敗れる彼らからは、クラ選優勝なんて「未来」は到底見えてはこなかった。

それが、むしろ「一体感」で掴んだような夏の戴冠である。
確かに「未来を変える兆し」はその後いくつかあった。それらの兆しに向かって、選手たちが主体的に取り組み、戦いながら成長を続けてきたことは間違いない。もどかしいスコアレスドローのスタートを乗り越えて、ある時はスコアで相手を圧倒し、またある時は関東予選の雪辱を果たしもした。たった1か月でチームとして大きく変わった結果、手にした新たな武器。FC東京U-18の「一体感」は見事だった。

◇ ◇ ◇

しかしそんな、全国制覇してみせた誇らしい「今」ですら、「未来」の何を保証してくれるだろう。彼らが目標に据えた“3冠”を目指す資格は、確かに得ることができた。だが、3冠を達成できるかどうかについては、「今」は残念ながら大した保証をしてくれないのである。
この文章が届く頃は、既にクラ選優勝から1か月以上が経過した後の「今」だ。カップを掲げたあの時に想像した「未来」の通りに、結果が進んでいるのかもしれないし、もしくは真逆に陥っているのかもしれない。ましてやプレミアリーグ再開初戦は、日本で一番「負けた悔しさ」を蓄えたクラブが相手だ。その後には、我々と同じく“3冠を目指す資格を持ったチーム”との対戦も控えている。

果たして、FC東京U-18は「今」も「勝ち続けている」だろうか。

◇ ◇ ◇

「勝つ」ことと「勝ち続ける」ことは大きく違う。
勝つだけであれば、トリッキーな奇襲作戦でも、相手の攻撃を阻む神風でも、その可能性はいくらでもある。10回やって1回しか勝てない相手だろうと、その1回を決勝で掴んでしまえば優勝だ。
しかし「勝ち続ける」となると、そうはいかない。研究し尽くされ、あらゆる対策を施した相手に対し「10回やって少なくとも8回は勝ち続ける」ためには、相手を見極めて己が柔軟に対応するだけの、受けの広さが必要となる。自身の調子の波は、限りなく凹みを作らないように整えなければならない。試合中の思考や心構えも、ただ「勝つ」だけの場合とは段違いだ。何となくぼんやりと試合に入って、そのまま90分を過ごして「あー今日は負けちゃったなー」では、勝ち続ける域には程遠い。
過去、様々な競技においてこの「勝つ」ことと「勝ち続ける」ことの違いに、選手たちは悩まされてきた。自覚的に勝ち続けた選手。気づくことすらなく、ただ無自覚に勝ったり負けたりした選手。それらがリオオリンピックでは特に顕著に表れた。福原愛は卓球女子団体の銅メダルを、前回大会の銀メダルよりも尊いとインタビューに応えていた。それは、ロンドン大会で「勝った」銀よりも、ロンドン大会からリオ大会まで「勝ち続け」て得た銅の方がより重みがあることを実感し、自然と口から出た言葉だろう。それほどに「勝ち続ける」とは、ただ「勝つ」こととは違って、何より苦しいものなのだ。

◇ ◇ ◇

「勝つ」のでなく「勝ち続ける」とはどういうことか。そこに悩み、試し、少しでも近付いていくこと。クラ選優勝を境に、FC東京U-18が据えるべき新たな目標だろう。

「勝ち続ける」ための方法は、まず「勝ち方を一旦捨てる」ことなのかもしれない。人はどうしても成功体験から外れることが怖い。あの時の、輝かしい「今」を守りたがる。知っている一つの勝ち方にすがり続けてしまうのではなく、どれだけそこから変化して、勝ち方を増やしていけるか。マリノスユース戦以降のあの1か月の様に。

今日も、来週も、来年も。そして2020年までに。チームをより変化させ、勝ち続けるためのカギはむしろ、西が丘のピッチに立てなかった選手にこそあるだろう。来年になって自動的に空く席にただ座るのではなく、いま埋まっている席を奪えるかどうかに懸かっている。その先にしか、求める「未来」はない。

苦しい道なのには違いないが、誰もが進むことができる道でもない。その道こそがNEXT STEPだ。次へと進んでいける事が単純に嬉しく思うし、それは選手も同様であると信じている。何故ならば、その先にしか“3冠”はないのだから。

◇ ◇ ◇

「勝つ」ことはできた。次は、「勝ち続ける」こと。勝ち方を守るのではなく、勝ち続けるための新たなチャレンジを。
J3でプレミアでT1で、その難しさにもがき苦しむ選手スタッフの姿。それこそが、全国制覇を成し遂げたクラブのあるべき姿に違いない。

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今年FC東京U-18はクラブユース選手権を制し、全国を獲りました。それこそ8年ぶりの戴冠となるわけで、それだけを見ても分かる通りこれは凄いことです。

ただそうなると、いつもクラ選の後にこうして文章を選手たちに送っている自分としては苦しくなります。ただでさえ凄い彼らに、伝えるべき事が他に何があろうかと。嬉しい悩みなのには間違いないけど、自分みたいな芸風の人間には実際しんどかった!あぁクソみたいな悩み!!

その中で何とか捻り出したのが、上記の「勝ち続ける」という概念です。我ながら良いのを引き当てたなと思っています(自画自賛)。


この「勝ち続ける」という概念。元ネタというかパクリ元は、分かる人にはすぐピンとくるかと思いますが…有名なプロゲーマーであるウメハラから来ています。

勝ち続ける意志力 (梅原 大吾)

「勝つ」ことと「勝ち続ける」ことの違いと、その上でじゃあ如何にして「勝ち続ける」のか。その違いや重みを鮮やかに明確化してくれたこの本は、競技・年代問わずに大きな示唆を得られる内容だった様に思います。

そしてこの考え方が、夏を「勝った」彼らの今にピッタリだったとも。彼らがシーズン当初に「三冠」をぶち上げた以上、そのためにはただ瞬間的に「勝った」だけで留まるのではなく「勝ち続ける」必要があるわけで。「勝った」ことは「勝ち続ける」ことを保証するものでは決して無いし、これからは「勝つ」から「勝ち続ける」へと、スタイルも考え方も変化が必要なのではないかと。

2016 FC東京ユースを勝手に応援企画!。Tシャツを届ける際に、U-18に向けて上記の文書を同封させてもらいましたが、そこにはこんな想いを込めてみました。

 

夏を終えたFC東京U-18は、再開した高円宮杯プレミアリーグEASTをJ3と並行しながらも何とか戦い抜き、現在リーグ2位。自力で優勝を狙える位置につけられた事は立派だったと思いますし、何よりその道中では勝ち続けるための「変化」を伴えていたとも思います。

Jユースカップに突入し、その変化はより顕著なものになりました。その一部は、例えば選手起用にも表れます。

大会期間中は、1試合で最大7名もの選手をU-18からU-23に渡さなければいけなかった日もありました。それは確かに強制的に求められた変化ではあったとは言え、それに応えた選手がいたのもまた事実。荒川滉貴のSH”帰還”に始まり、長谷川光基がCBとして一気に台頭し、決勝では高瀬和楠がGKとして重責を果たした。他にも出た選手みんなが、東京都1部リーグ(T1リーグ)のシーズンを既に戦い抜いている選手たちでした。

こうして掴んだJユースカップという二冠目のタイトル。ここまで変化してみせた上で獲ったタイトルだからこそ、特別に嬉しいし、彼らにはもう凄いという言葉しか出てきません。

そして高円宮杯プレミアリーグEASTも残り3試合、優勝すればさいスタでWEST覇者とチャンピオンシップ。J3も全日程を終了し、最後のタイトルに向けていよいよ、U-18全ての選手がひとつのチームの下に横一線となります。FC東京U-18はここにきて最後の、そして最大の「変化」を迎えます。

もちろんそれは失敗してしまう可能性も十分含んだ、あくまでも「チャレンジ」となります。ただ自分は、このチャレンジが出来る事自体が既に誇らしいです。そして「(U-23から戻ってくるマコやヨシタケ)のポジションがあるかは分からないよ」というカズキ監督のコメントが頼もしくも感じています。Jユースカップ決勝で既に、U-23から戻ってきた久保建英だけでなく、準決勝MOMの小林真鷹が決勝に出場出来なかった事を思えば、そのゴングは既に鳴っていたのかもしれません。


今年ほどU-18に目が向いた年は無かった様に思います。

U-23で全力で戦う姿がサポーターの眼に残っているからこそ、生地のU-18での活躍に「おいちゃん!」と声が上がるし、交歓会でも「マコー」「よしたけー」「波多野なんかやれ~」とヨソイキ感皆無な声もかかる。小平でのホーム試合では安間さんなどのトップチームスタッフや、水沼宏太などのトップチームの選手たちも見に来てくれました。特にFC東京アカデミー出身では無いのに、それでも様子を見に来てくれたのはこれまでもあまり記憶に無いことです。ホントに多くの方に、U-18を気にかけてもらえた様に思います。

その結果も後押ししてか、今年のユース応援企画は過去最多の賛同を頂く事が出来たそうです。賛同頂きました皆様、本当にありがとうございました。

ラスト4試合。これまでに無いクライマックスが今週末から始まります。是非多くの方に見守って頂きたく思います。

「久保建英君」は、日本で成長し「俺らのタケフサ」になった

FC東京 FC東京U-18 FC東京U-23

久保建英君が元々すごい選手だったことは間違いない。ただ、より凄くなっていく「過程」も、自分は日本で見てきたつもりだ。

FC東京には、叱ってくれる仲間がいた。U-15むさし時代、ある試合で自らのボールロストを追いかけない彼を叱ったのは、ピッチ上の仲間だった。それで意識を改めた彼は、直後の同じような場面で今度はボールを相手から奪い返し、そこからのアシストでU-15むさしのゴールを演出してみせた。

中3にして飛び級でU-18に編入された後も、むさし時代からの仲間だけでなくU-18の先輩たちとよく溶け込んだ。ピッチ上では「タケ!」とやり取りしながら。ピッチ外では一緒にビブスやコーナーフラッグ片づけを行いながら。東京都1部リーグを、クラブユース選手権を、そして高円宮杯U-18プレミアEASTを。ゴールを決めればベンチに駆け寄り、仲間と勝利を喜びあいながら。

飛び級での参戦には当然、フィジカルの懸念もあった。例えばJデビュー時には既に180cmあった森本貴幸の様に、彼が立派な体格を備えているわけではなかった。「怪我でもしたらどうするのだ?」周囲からの懸念や多くのご指摘もあったが、そんな外野から言われるまでも無く、現場のスタッフの配慮は既に”丁寧”だった。今シーズンの公式戦通算で「26試合1068分その内フル出場は3回のみ」という出場記録は、U-18監督佐藤一樹をはじめとしたスタッフによる”正しい判断”の賜物だろう。

立ちはだかるライバルもいた。新人戦では、CAセイスラージョスFCトリプレッタ横河武蔵野FC(現:東京武蔵野シティFC)。T1では関東一高・帝京・成立・東久留米総合・実践学園・東京実業。クラ選では千葉SCと予選を戦った。目立つが故に、自分が見た試合では彼に厳しくいくシーンも多くあった。それら全ての本気が、彼にとって経験となり、成長の糧となった。

そんな彼の成長について、個人的に特に印象が強いのはプレミアEASTアウェー市船戦。近年は、正当かつ強烈な圧力を互いにぶつけ合う、見てる側からすればまさに黄金カードと言えるこの試合。そんなU-18年代最高峰のバトルゲームの中で、彼は90分フル出場を果たしてみせた。当たられて倒されながらも、彼は相手を技術でいなし、守備もサボらずやりきった。その上で終了間際に魅せたカットイン右足シュート。飛び級年代への順応と、新たに身につけた日本らしいハードワーク、そして元々彼が持ち合わせていたスキルの煌めき。色々な要素がミックスされたあのプレーは、ゴールこそならなかったが強烈なインパクトとして脳裏に残っている。

そして先週から始まったJユース杯では、これまでの2試合で共に先発出場。終盤でこそ更に守備走りする彼の姿はまさに「青赤印」そのものだった。

 

元々サッカー好きであれば誰もが知っている位の選手である。そんな彼が、ある意味スキャンダラスにFC東京U-15むさしへ加入した事は、様々な人に対して様々なものを否応なしに背負わせる事にもなった。所属選手にも。クラブにも。息子を預ける親御さんもそうだろう。そして些細な事ながらサポーターにも。

バルサからやってきた久保建英君」と、まるで借り物の様な感覚。そんな選手を、果たしてどう応援していけばいいのか?むしろ個人的な感情だけを正直に言えば、これまでむさしで頑張ってきた選手たちと同様に、果たして彼を応援できるのか?とも過ぎったりもした。

しかし、そんなくだらない事を気にするまでも無く、彼はいつしか自然と、誰からにとっても「FC東京のタケフサ」となっていた。

何故そうなったのか?

もちろん彼の実力と結果が周囲を納得させたのももちろん大きい。クラブユース選手権では全ての試合で途中出場ながら5得点、小柏剛(大宮Y)や滝裕太(清水Y)と並んで得点王にもなった。

しかしそれだけではない。つまり、彼が日本に戻ってきてから1年と少しの間で行ってきたのは、日本サッカーへや飛び級年代への「適応」だけではなく、日本サッカー内での「成長」でもあった。得点王などの結果は、決してスペインの貯金"だけ"で成し得たものではない。豊かな土台を基に日本で新たに得たものが、タケフサのプレーから非常に見えたからだ。

彼のスペイン挑戦は多くの大人による尽力のおかげだし、それが彼に大きなものを与えてきたことも間違いない。そしてそんな彼が日本に戻ってきたことで、多くのファン・メディア・ライター・関係者たちが、彼を見ては褒めちぎり、そしてその殆どを「スペインの手柄」としてきた。だが、今の彼があるのがそれだけではない事を、見てる人は見てきたし、少ないながらも形にされてきた。自分もその一端を、前述のように感じている次第である。

 

FC東京が彼を育てた」とはさすがに恐れ多く、口が裂けても言えない。しかし「タケフサがFC東京で育っている」ことも事実だ。そして何より、どんな場所であろうとも、基準を高く保ち努力を続けてきた彼自身の賜物こそが全てだ。

ただ当然ながら、未だにタケフサの未来が「成功」する保証なんてもちろん無い。体格が今後どこまで大きくなっていけるかも不明だし、怪我の不運だって残念ながらあるかもしれない。未来は誰に対しても明るいし、しかし不透明でもある。

だからこそ彼のためにサッカーファンが出来る事とは、余計な喧噪を先入観のままにムダに生むのではなく、いま彼はスペインではなく日本で新米食って「成長」しているという事実を素直に見守ることではないだろうか。あとは、FC東京クラブサポートメンバーに入って、彼や仲間たちにもっと肉と魚と野菜と新米を食わせてやる事くらいだろう。

 

11/5(土)13時KO、対長野パルセイロ戦。巷に流れるニュースや雰囲気から察するに…

 

駒沢陸上競技場にて、U-23への出場機会が巡ってくるかもしれない。


方や、この日はU-18でJユースカップ準々決勝も控えている味スタ西競技場10時KO。相手は宮本恒靖率いるガンバ大阪ユース、説明不要の名門との対決となる。言うまでもなく重要な試合だ。

そのどちらの試合に彼が出場するかは実際のところ分からないが、どちらにしてもJ1の全日程を終えたタイミングで、多くのサポーターが見には来やすい状況ではあろう。このチャンスにもちろん、彼のプレーは見て欲しい。

ただ願わくば、そこでただ見るだけでなく、是非タケフサの成長の過程を見続けて欲しい。11/5だけでなく、Jユースカップは勝ち進めば来週も再来週もある。プレミアEASTもまだ11/27(日)12/4(日)12/11(日)と3節を残し、全部勝てば優勝だ。優勝すれば12/17(土)にプレミアWEST覇者とのチャンピオンシップも控えている。「点」ではなく「線」で見るための機会は十分ある。

彼は決して、スペインからの借り物でもなければ、珍しい見せ物でもない。過程を追い続けていけば、自然と「久保建英君」から「俺らのタケフサ」になるはずだ。

「俺らと一緒に世界を駆け抜けろ!」

多くの人にとって、「久保君」ではなく「タケフサ」となることを願って。長野パルセイロ戦にもし出場するのであれば、そのきっかけになればと思う。ホントに出るかは知らんけど。

短期間で監督を解任する事は悪ではない FC東京の来季監督を考える

FC東京

組織の規模は、トップに立つ人間の器の大きさ以上には決してならない。ビジネス業界では通説の様に言われていることらしいが、ポンコツな自分であろうとその説得力は何となく分かる。上長の能力によって、下位メンバーのパフォーマンスは著しく変わってくるものだし、そのピラミッドが積もり積もって…やはり社長の能力以上に会社が成長していくことは決して無いのだと思う。

そんな不慣れな例えを持ち出すまでも無く、サッカーにおいても監督選びは重要だ。監督の器以上に、チームが強くなる事は決して無いだろう。
そして、FC東京の監督は今後どうするべきか?つまりは、来季以降も篠田トーキョーで行くのか?という話である。


浦和相手に3度戦って全て惨敗したのは、日々の積み上げの差にあることは明らかだった。説明される必要も無く、選手もクラブもサポも、嫌と言うほどに現実にぶっ刺された。だから実感を基に、誰もが「創(はじ)めるべき」だと今は理解している。しかし、それは果たして何を?誰と?そこのプランは未だ曖昧な状態だ。

情けない敗戦を受けて、激情に駆られて無思考に「篠田監督解任」を唱えるのはやり過ぎだろう。浦和戦から学んだ事を用いるのであれば、短期間で監督を変える事の愚は間違いない。特に今年は、風間監督就任5年目の川崎フロンターレが好成績を残している事も、愚の証明をアシストしている。

しかし、だからと言って「篠田監督の在任期間」だけをみて「留任」を唱えるのも、それはそれで無思考でしかない、と自分は思う。


つまり、重要なのは「短期間で監督を解任」する事が悪なのではなく、「短期間で解任しなければいけない程度の監督を選任」する事が悪なのだ。

これは字面としては近いようでいて、その意味は大きく異なる。浦和や川崎は、ミシャや風間八宏が「長期間託すべき監督だった」から託されるべきなのであって、託すべきでない監督を「分からないから」「まだ期間も短いから」という曖昧な理由程度で、重要な役職を任せる事は決してあってはならない。極端な例を出せば、今季の名古屋グランパスでその事を我々は学んだはずだ。

まだ篠田監督は就任したばかりではないか?それだけでは何の理由にもなっていないし、その際に浦和や川崎の例を持ち出すのも、根本的に論がズレている。

短期間で監督を交代する事の何が悪い?その程度の監督を無駄に据えて、我慢して、もしくは程度の判断が出来ないからって、時間を浪費し続ける事の方がよっぽど悪だ。

ただでさえ、大した筋も方針も無いままに選ばれた監督である。J1残留というミッションを達成した今、次のミッションに彼がふさわしいかどうかは全くの別の話だ。

だからこそ、まずは監督の器を見極める事が重要なのである。篠田監督は、来季以降も託すべき監督なのかどうかを。

 

 

…と、ここまでを書き切った上で、ようやく「じゃあ篠田監督はどうなのか?」が自分の中で始められる。とは言え、正直自分の中でも篠田監督の評価がまだ固まっていない部分が非常に大きい。


以前にも書いたが、篠田監督にノレない自分がいるのは確かだ。ただそれは、クラブが筋を違えてきたために生じた、経緯的な違和感によるものが大きい。この部分に引っ張られることでネガティブなイメージも付きまとうが、本来それは篠田監督自身のポテンシャルの問題とは別の話となる。

方や、篠田監督によって鮮やかに成し遂げられたJ1残留。これにはもう感謝しかない。だから自分としても篠田監督は感情的には(ここまでこれだけ書いておきながら)ポジティブな部分もあったりもする。これは恐らくどの東京サポとしてもそうであろう。

それに加えて、篠田監督には池田誠剛の置き土産が課せられたという実情もある。誠剛タイムに苦しめられた状況下での指揮が、果たして篠田監督を評価するのに正しいプレパラートなのか?は非常に疑わしい。

そんなポジティブとネガティブと池田誠剛がベッチョベチョに混ざりあったこの状況が、篠田善之の監督としての能力を測る事を難しくしているから非常に困る。


篠田監督就任後のJ1リーグ2ndステージ・ルヴァン杯の公式戦成績は、13試合で6勝4敗3分20得点19失点。無得点試合が無いのを成果と取るか、失点数の多さを問題と取るか。少なくともJ1残留というミッション以上の成績ではあったと思うし、これが判断の「筋」として強力なのは間違いない。

ただ自分の嗜好だけで言えば、スタメン構成的にバランスが取れない監督は正直好みではない。梶山・草民・河野・翔哉という攻撃的な選手のみを並べた中盤構成は、自分からすれば狂気じみていると感じるし、「その割に守れる」わけでもなければ「それだけ並べただけあって点が取れている」わけでもない。この路線の先に優勝するチームの姿は、今の自分には見えてこない。

方や例えば「新サイクル構築開始による土台作り」もしくは「サイクル移行の過渡期」とすれば、篠田監督は悪くは無いかもしれない。これまで長期間コーチとして支えてきてくれた事で、選手との信頼関係も望める。U-23組を上手く吸い上げながら、クラブ全体として引き続き「立て直し」を進めていくのも、それも1つの選択肢だろう。


結局、色々と考えてみても判断がつかないのは、クラブが長期的な方針を打ち出せていないからに尽きる。今後数年をかけて、こんな新しいサイクル構築をもって優勝を狙います。そのために2017シーズンはこういう方針となります。それに篠田監督が相応しいかどうか。そういう話が一切出来ない。やり様がない。

城福解任、篠田就任でJ1残留に舵を切った時点で、これまで積み重ねてきたサイクルは完全に終了した。そしてJ1残留を達成した今、FC東京に課されているミッションは何も無い。「とりあえず目の前のカップ戦を狙う」なんて、場繋ぎ程度にしかならない。

新監督発表までは行えなくても、篠田監督の続投or終了が今シーズン中に発表される可能性は十分ある。となれば、それは残り2週間足らずの話だ。その際に、今後の新サイクルに関するヴィジョンがセットで表明されることは個人的にはマストだと思う。

もしこのまま1月の新体制発表まで明かされないのだとしたら、これまで書き連ねた通りに篠田監督の続投or終了の是非を判断する事すらできない。そしてサポは11月からの長いオフを、夢も希望も未来も無いままに過ごさねばならなくなる。そんな状況で、例えばSOCIO継続のお願いをするのであれば、さすがにエンタメ商売を舐めているとしか言い様がない。夢も表明されていない未来に、カネなど払える訳がない。

 

これから始まるのはFC東京の新しいサイクルだ。そしてそのサイクルが恐らく、2020の姿を決める事にもなるだろう。その時に、FC東京が如何程のプレゼンスを世界に示す事が出来るのか?そのための猶予は3シーズンしか無い。そんな、重要なスタートが切られないまま今に至っている。

7/26の篠田監督就任から、もうすぐ3ヶ月。ギリギリながらもプランを作成する時間はあったと思う。

トップに立つ人間の器。問われているのは、何も監督だけではないということである。

篠田監督が失敗した「台本」と「アドリブ」の潮目 レビュー FC東京-浦和レッズ

FC東京

負けてイライラしたときは、ブログを書くに限る。だからたまにはマッチレビューでも書き殴ってみる。

 

1-0でリードしている場面で、さてどう考えるか?

重要なのは、もう1点獲っていれば「勝っていたかもしれない」が、1-0を守り切っていれば「確実に勝っていた」。似ているようで大きく違う、この重み。確度のレベルを正しく理解しないといけない。橋本拳人の1vs1を決めていれば、勝利に向けてだいぶ楽だったのには間違いないが、それが勝利を確定するものではないということだ。

篠田東京は、1-0を守り切り「確実に勝つ」ための策を取った。4バックから3バックへの変更が試合中に選手に伝わりきらずにあたふたしたここ数試合に比べれば、今日の丸山・秀人投入とシステム変更は実にスムーズに行われたのを見るに、それは今週行われた非公開練習時に予め用意していたものであろうと推察する。

この策をどう捉えるか?がこの試合の肝となるが、その前にひとつ定義を引く。

ピッチ上での変化・流れへの応急手当・アドリブ的なニュアンスを「采配」という言葉に込めるのであれば、事前に試合に向けて準備された策は「スカウティング」の類と表現するほうが相応しい様に思う。今回の3バックはこの定義に照らし合わせると、采配とは別モノの「スカウティング」に当てはまる。

また、前半から見せたあのオールコートプレス、というか嵌め込み守備、これもまた事前準備による策「スカウティング」だっただろう。西川にボールを戻させて、保持した時点でショートレンジのパスコースを全て塞ぐ東京。ただし西川は日本で随一の足下の使い手、視野をミドルサードまで広げて中距離砲で「味方へのパス」を狙う。そこを東京が前への圧力を伴わせて接点での戦いを挑み、結果ボールを奪い取る。西川の上手さが無ければ成立しないこの手法は、浦和相手に見事にハマった。

しかし、そこは池田誠剛に鍛えられてきた我らがFC東京である。90分続くわけがない。前半の華やかな攻撃姿勢が90分続けられれば話は単純だったが、どこかで割り切って構えるしか無い時間帯は必須だったのだろう。誠剛タイムこと60分以降のくだりは篠田監督就任後、何とかリカバー出来つつある印象もあったが、そういうわけでも無いらしい。

この前提を忘れてはいけない。吉本、河野の試合後コメント。

5枚になるまでは変わらず頑張っていこうという感じでいましたけど、正直体力的にも相当きつかった。後ろも前も。やっぱり4枚で5枚を見ているから、スライドを相当早くしなければいけなくて、走行距離が相当あって、あのまま最後までは体力的に絶対に行けなかったと思う。

トーチュウ超早版|吉本「あのまま最後までは体力的に絶対に行けなかったと思う」(9月17日・浦和戦)|365日FC東京モバイル

 結局、東京がこのマッチウィークで事前準備する策としては、「西川シフト」と「5-2-3」はセットでなければならなかった。そして片方のみではスカウティングとして成立しないことは、試合前から監督も選手も理解していた上だったということだろう。

その状況の中で、やれ「翔哉を残しとけば…」やれ「あのまま4-4-2でやっていれば…」それらが全て空虚でしか無い事は明らかだろう。

ここまでが、浦和戦に向けて用意をしていた「台本」である。そして試合は当然、時間が進む毎に徐々に台本から逸れ始めていく。事前と実際とのグラデーション、「采配」の領域が徐々に色濃くなり始める。


采配の領域としては、まず必要なのは台本の賞味期限をどう見極めるか?となるだろう。

それは90分のリアルタイムの中で、ピッチ上の流れを見極める作業となる。モリゲの(今となってはあまりに謎な)痛がり方から始まり、東京の選手の疲労度合い、相手のコンディション具合、決めておけばだいぶ楽になっていたであろう拳人の1vs1、もはや同郷の西川しか構ってくれない慶悟の痛がり、クソ野郎でしかない森脇など。細かい潮目を見極めながら、どう判断するか?これは完全にスタッフの領域となる。

その結果として、58分での丸山投入。策自体はスカウティングだが、そのタイミングまでもが策なのかもしくは「采配」だったのかは重要な所だろう。前述の通り、誠剛タイムを気にして台本に時間も書かれていたかもしれないし、グラデーションの中で予定よりも早めたアドリブだったのかもしれない。

篠田監督の試合後コメント。

少し早めに形を変えた。(中略)練習ではやってきたので、1点を先に取って、2点目を取って終わらせれば(良かった)。そこの見極めは私がミスをしたなと思いました。

監督コメント/FC東京vs浦和の試合結果・データ(明治安田生命J1リーグ:2016年9月17日):Jリーグ.jp

雰囲気としては、タイミングに関しては後者の領域だった様に伺える。ただこれはリアルタイムで受けた現場の肌感が尊重されるべきだろう。実際、後半立ち上がりから浦和の圧力に押されている展開は続いた。ピッチ上の選手たちのままで抗える素振りも無かった。一刺しするパワーが河野・翔哉に残っていただろうか?(前節の「死んだふり」があるだけに、そこに一縷の望みを託したくなるのも分かる)。采配した当人が(少なくとも表面的には)ミスとして自覚的なのであれば、今回はそこまでとして構わない話だと個人的には思う。


それよりも、試合を見ていて感じたのは、浦和としてはむしろ相手がミラー的に来られた方のが敵を剥がしやすそうだなということ。後ろ重心の東京の手前で、スパスパとサイドチェンジがやりやすくなった。これまで対策され続けてきた経験もあるだろうし、東京のガス欠も著しかっただろう。ミラーに構えることで戦況は個vs個に移行していくが、それは浦和としては待ってましたの流れだったのかもしれない。

この潮目をどう見極めるか?用意した台本があまり効果的では無さそうだという空気。こちらの方が、より「采配」の領域として、思案の為所であったと思われる。そして、同点。台本は一気に崩れた。


選手に体力は無い。攻撃を作れる選手もいない。打ち手もかなり限られ、どれを採用しても率直にあまり効果も期待できない状況。しかしここはホーム。まだ同点。故に、どう「采配」するか?ここは100%アドリブを試される場面だった。

せっかく用意してきた台本を10数分で破棄するのは、シナリオライターとしては難しいところではあったろうが…それを個人的には期待しながら試合を見ていた。その中で、実際に取られた「采配」は梶山→インス。まさか5-3-2とは驚いた。FC東京ではこれまで、安間ヘッドコーチがU-23時代に4試合行っただけの布陣である。

ここ。采配においていきなり安間色が強い打ち手がされた事には正直驚いた。スタッフ間での合議制なのか、はたまた主導権的な内情なのか、透けて見えそうな何かに想いを巡らせながら…結果その安間システムは大失敗に終わる。EURO2016ではコンテ・イタリアも駆使していたこの美しい布陣も、インサイドハーフに移動した拳人・慶悟と2トップの前田・インスが4枚同時ウラを取りに走ってしまえば台無しである。

そのまま浦和の勢いを押し返す事が出来ないままに、逆転、そして介錯

 

試合全体を評するのであれば、「スカウティング」は一定の効果を生み、しかしフィジカルステータスが台本の摩耗を早めてしまい、その手当としての「采配」に失敗したというところだろうか。また個人的な感想としては、スカウティングで取られた策・発想自体は自分の宗派に沿うものでもあったから、そこに関しても何ら気にしてはいない。

もちろん本来的にはここでスカウティングの「質」というか、「3-4-3の常時5バック化」というクオリティ視点は必要ではあるが。特に安間システム時に両インサイドハーフが両ワイドに大きく広がるポジショニングを取っていた部分は、両WBのあるべき形を放棄するものでもあった。システム本来のキモである3バックと5バックのフレキシブルさを、チームが理解出来ていない事を示す現象だっただけに、大いに気になる箇所ではあった。

ただ正直ここは、篠田トーキョーも2ndセットとしての3バックも、やり始めてまだ間もないし…とするしか無いだろう。また、他にも池田誠剛だったりACLだったり城福解任だったりU-23成果への焦りだったりと、諸々の要素がありすぎなので判断しづらいところもある。

方や采配の部分は、アンテナの感度やそれを受けての応急手当に多少の不安は残りつつ、それ以上にスタッフ間のパワーバランスというか、スタッフがチームとしてどうワークしているのかが気になる所ではあった。また選手も選手で、采配・応急処置を受けて試合を見ていたそれを支える「メンタル」などは、もう少し見せてほしかったところではある。アドリブ力で乗り切ってきたマッシモ時代に比べれば、チーム全体としてそのパワーが削がれていた事実が、この試合で顕になった。


総じて、石川直宏のTweet。

 「プラン以上の更なるプランを皆で作り出せなかったのが今日の結果だと思う」とは、これまでダラダラと書いていた内容を端的に表現するには相応しい言葉だろう。これを自分なりな解釈で補助線を付け加えるのであれば「(台本)プラン以上の更なる(アドリブ)プランを…」とでもなろうか。

篠田監督は意図というかスタイルが単純かつ分かりやすいから、こういった際に外野としては何とも汲み取りやすい(だいぶ善し悪しでもあるが…)。少なくとも、混乱の中で適当ぶっこいてダメだった、もしくはただただ無策だったのとは雲泥の差がある。選手スタッフそれぞれが、試合自体への悔しさは強く抱えつつも「PとDが明確だから、Cはこれから行いやすいし、その上でAに進めばいい」と思えている様子は、この試合を振り返るに十分な評価だった様に思える。ただそれはほぼ「台本」についてのみ。アドリブ部分に関しては…

 チームが勝ち続けていくためには、必要なのは「台本力」と「アドリブ力」とその「潮目の見極め」。さて、篠田トーキョーは?その現在と未来が少し見えた試合だった。

 

…と、ここまで冷静ぶって書いておきながら、方やペトロヴィッチ監督のコメント。

考え方だが、特に相手が点を取らないといけない、そしてリスクを負って攻撃を仕掛けてくる。そういった中で受けに回ってしまったら時間の経過とともにその圧力にやられてしまうこともあるんじゃないかと思う。

監督コメント/FC東京vs浦和の試合結果・データ(明治安田生命J1リーグ:2016年9月17日):Jリーグ.jp

結局、この宗派のぶつかり合いこそが、サッカーの醍醐味だなと心に染みる。うるせぇよバーカそんなんだから肝心な所で負けるんだよペトロヴィッチはよぉ!と異教徒に喧嘩ふっかけたいところでもあるが、所詮自分は負けた賊軍なので、少なくともルヴァン杯準決勝まではおとなしく屁こいてウンコして寝る事しか出来ないのである。

FC東京が甘く見た「筋違い」は時間が解決するわけでは決してない

FC東京

勘違いしてはいけないのが、5月の城福東京が手にしていたあの高い守備力は、所詮4-1-4-1システムで9人ものプレーヤーを用いて得られたものに過ぎないということだ。ブロック敷いて中央を固めて、アンカーである高橋秀人が守備のフリーマンとして2ライン間を自由に泳ぐ形。人数かけてでもなりふり構わずに、最低限の守備能力を担保するという単純な話。

方やマッシモの守備はご存知、4-3-1-2システムを用いて、7人だけで成立させていたものだ。もちろん実際は、トップ下河野の多大な貢献無しにはあり得なかったのは言わずもがなだったが。それでも、そこに「7人ででも成立させるだけのメソッド」があったのは明らかだろう。結果として、シーズン3位の失点数。

メソッド無しになりふり構わずな城福前監督の守備構築は、前任が披露していたものに比べればあまりに不格好ではあった。だがそんな不格好な形へシフトした、5月の城福前監督のあの判断は、アンチである自分としても支持するものだった。不格好でもやるしかない、必要な決断だったと思う。


面白かったのは、そんな不格好な守備シフト偏重においても、城福東京の攻撃の形はそれなりに成立していた事である。人数はかからないけど、かからないなりに攻撃としてはフィニッシュまで迎えていたし、そのための人選を(消去法で結果的に、ではあろうが)行えていた。

そしてそれは、方やマッシモが攻撃に3枚を残していても結果的にああだった事と対比すると、より味わい深くもなるだろう。

サッカーは難しいなと。ありきたりだけど、城福解任までのラスト数試合を振り返ると、そんなことを思う。結論、城福解任で当然だけど。

 

この手の話の際にいつも出てくるのが「監督のサッカーが浸透するまで、最低でも3年は任せるべきだ」という、いわゆる『3年論者』の存在である。しかし、これってどうなのか?と自分はいつも考える。

「3年」って根拠が果たしてどこから来ているのか?それは例えばサッカー先進国から輸入された、ありがたがるべき説なのか?もしくは日本国内が発祥の経験則からくる説なのか?

もっと具体的に言えば、日本というメンタリティに囲まれているクラブチームにおいて、3年論はそのまま当てはまるものなのか?ということだ。超失礼な偏見でモノを言うならば、自我の強い多国籍外国人で構成されたチームと、従順に従うばかりの日本人で構成されたチームとで、同じく3年間が必要だとは、自分はとても考えられないのだ。

どこかの国の人による経験・感覚値から導かれたものなのであれば、それはそれで問題無い。「一般論」としてはそうなのだろう。しかしそんな一般論を他者がそのまま他の現場にあてはめようとするならば、それは思考停止でしか無い。

つまりは、マッシモの場合はどうだったのか?マッシモの指導力を。FC東京の選手構成を。Jリーグというドメスティックな環境を。一般論をいかにローカライズして、果たしてマッシモに3年目を託すべきだったのか?と。

こうして紐解こうとしなければ何も始まらないし、思考停止の3年論を振りかざすだけでは、一生バットの芯で捉えられる事は無い。

 

事実として知っておくべきは、立石GMによって築いてきた選手構成は、昨年をもって既にサイクルを終えていたということだ。よっちが去り、コースケが去り、権田が去り。代表級の選手が3名も抜けていれば、ダウントレンドと判断するのは当然だろう。

しかし誤解してはいけないのは、これは「成功」であるということだ。J2降格をきっかけに、鈴木強化部長の後任として就任した当時の立石強化部長は、クラブの大改造に乗り出す。チームの主軸として補強した選手たちは、結果としてJ1トップレベルにまで引き上げられ、2015年にはクラブに「過去最高の結果」と「負債をすべて清算するだけの違約金」を残した。これ以上の成功事例が、これまで国内でどれだけあっただろうか。

2015年のFC東京は、選手構成サイクルの頂点であった。当時そう認識する事が可能だったかは難しいところだが、いま振り返ってみればそれは確かと言えよう。また、立石GMはじめクラブとしては、このピークを当時から認識していた様にも伺える。故に、昨年あのチームが結果のみを、頂点のみを目指す事には、クラブとしても筋が通っていた。


方や、マッシモの指導力に関して言えばどうだっただろうか。

自分としては、彼に正直これ以上の引き出しは無かったと思う。指揮を執ってきた2年間をもって、マッシモの形はある程度選手たち備わり切っていた。フレキシブルなシステム変更も、マッシモの意図も、90分内のあいだに選手たちはピッチ上で受け取り、反映し、戦う事に「慣れ」も伺えた。それはマッシモ流の「浸透度」に他ならない。

逆に、それらの例えば「ハーフタイムの修正力」は、事前のスカウティングもしくはスターティングの正答率の低さも意味していた。異国からやってきた彼とは言え、彼ほどの指導者であればJリーグの理解もだいぶ行えていたはず。にもかかわらず…

加えて、あの攻撃構築である。

となると自分は、3年目に戦術的な上澄みはあまり期待できなかったと考えている。


これらを勘案すると、マッシモに一般論そのままに3年論が当てはまっていたのか?となると疑問を感じずにはいられない。彼の抜群の指導力と、理解の早い選手たちによって、戦術の伸び白を2年間だけである程度埋める事に成功したと言えるのだから。

方や、選手構成サイクルが終了し、構成力は落ち、加えてACLの過密日程によってさらに目減りする事が明らかな2016シーズン。故に、マッシモに3年目を任せたところで果たして成功していたかと言えば、自分はそうとは今でも思わない。2016シーズン、マッシモトーキョーであったらFC東京は失敗していた。

ここまでは良い。そして問題は、ここからだ。その上で、果たしてマッシモに3年目を任せるべきだったのか?という決断の問題である。

 

城福前監督が解任された今になって、あの時の決断の要因となったと思われる様々な話がこぼれてきている。エルゴラからも、ワッショイ兄やんからも、マッシモの次の赴任先からも、そして他よりちょっと深入りな事情を知っているサポーターからも。それらのディテールも信憑性も、所詮一般人の自分には知る由も無いが、それら全てがあの時の決断の要因となった、ということなのだろう。

しかしそれらの要因全てが、マッシモ非更新という決断に対しての「筋」として成立していたのだろうか?今となってはどれを聞いても「でも選手に心地良い事を優先させた結果がコレだよね」「でもそんなのクラブ組織として勝手にやればいいだけだよね」端的にいえば、マッシモが残した成果を前には、それらが全て”筋違い”にしか自分には思えないのである。

つまり、FC東京の2016シーズンは「マッシモ続投の上で座して失敗を待つこと」がクラブ判断としてのあるべき「筋」だったと、自分は理解している。


ただもちろん、当事者であるクラブの心境を慮れば、正しいことだからと座して死を待つ事は無理だっただろう。そういう意味では、マッシモとの契約を更新せずに新監督を据えて延命を試みる動きは理解は出来る。ACLもあるのだから尚更だ。だがそれは本来は”筋違い”な訳だから、少なくともそれを覆すだけのよっぽどの「別の筋」が必要だったはずだ。

クラブは結局、ここを見誤った。

城福時代が半年足らずを持って終焉し、篠田監督という新たな時代となった。そんな今、改めて思うのは、クラブとしてFC東京は「筋違いを通す事をヌルく見すぎだった」のではないか?ということだ。

「結果」というのは、筋としてはあまりにも強い。それだけに、筋違いを通すにはそれなりのパワーもロジックも伝達も必要だったはずだ。しかしそれがあまりにも拙かったのは誰の目にも明らかだろう。


2015シーズン終了後にFC東京がクラブとして立った岐路。

今になってそこにifを想うのは不粋でもあるし、する訳もない。マッシモとの2年間は個人的には良い思い出ではあったが、だからといって「あの時マッシモのままでいれば…」なんて引きずり方なんぞ、今さらする訳が無い。マッシモが去り、城福が去り、篠田が新監督として就任した。時代は既に2つ先まで進んだ。

それでもまだ、1年も経っていない前の話である。違えた筋は、違えたままに、全ての青赤な人々に残り続けている。筋が正される見込みも無いままに。そしてその事実をクラブがまたしてもヌルく見ている様な気がしてならない事に、少なくとも自分は今、非常に居心地の悪さを感じているのである。


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と、ここまでを城福解任直後に、総括的にチマチマと書いていたが、結局詰めの仕上げをサボり続けてここまで来てしまったので。このタイミングながら、追記の上で公開をしてみる。と言っても解任されたのが7/24だから、まだ1カ月とちょっとなんだけど。まぁ濃い夏だったね。

勝ち点36をどう見るのが正しいかは分からないけど、まぁJ1残留確定でいいでしょう。いやホントに良かったよ、つかJ2降格の経験がここまで活きるとは思わなかった。経験しておくもんだね、名古屋にも是非オススメしておきたいところである。

個人的な話をすれば、未だ篠田監督に「ノレない」自分が正直いる。

もちろん、ほぼJ1残留を決めたわけで監督仕事としては大成功だろう。彼の様な監督があの時には必要だったのも間違いない。それはもちろん理解している。それでも芯の所でまだ引っかかるのは、結局は筋を違えた状態のままなのには変わりないからだと、書いてて再認識した。

篠田監督になって、それこそ城福前監督とは真逆なくらいにサポーターとコミュニケーションをとっていた。それが例えベタであろうと、でもサポはそれがやっぱり嬉しかったし、だからサポにも受け入れられて、結果場が好転していく。そんな様子を観ていると、やはりコミュニケーションの重要性というか、「勝手に筋を正してくれる」事への効能を実感する。

ていうか、大したコストじゃないんだからやれば良かったんだと思う。別に説明責任を問うとかじゃなくて、その方が圧倒的に効果が見込めるんだからやれば良いのに、やらないとか馬鹿なんじゃないかな。第二次城福政権が失敗したのは、彼が開幕戦で「城福東京コール」を無視したからだと思うし、FC東京というクラブが筋違いを甘く見ている状況自体は今も大して変わらないんだろうなと。そんな感じ。

 


J1残留をほぼ決め、ようやく来季のことを…と考えると、前述の通り「選手構成の新サイクル構築に向けて、スタートラインを切らないといけない」だろう。優勝狙いも盛大にズッコケて、2011以降の積み上げも全て崩れた。ACLも恐らく無いので、選手編成の大幅刷新は必須だ。

幸いなのは、U-23があること。懸念は、U-23の収穫を焦りすぎている匂いがあること。J3中断期間だから仕方がなかった、という言い訳を成立させるためにも、今週末からのJ1-J3本格併用はお手並み拝見だろう。

このU-23から、果たしてどれだけの新サイクルがパワーを持って台頭してくるか?今季の残りは、この新サイクルと旧サイクルとの世代闘争に、来季の希望を見出したい。

…ところなんだけど、ここにきて梶山陽平に復活の気配が出てきたことが、カジヤマニアの魂に火が付きかかっているのが、このあるべき理想の邪魔をするんだよなぁ。

あぁ、梶山陽平たまんねぇおじさんは悩んでるよ。