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篠田監督が失敗した「台本」と「アドリブ」の潮目 レビュー FC東京-浦和レッズ

負けてイライラしたときは、ブログを書くに限る。だからたまにはマッチレビューでも書き殴ってみる。

 

1-0でリードしている場面で、さてどう考えるか?

重要なのは、もう1点獲っていれば「勝っていたかもしれない」が、1-0を守り切っていれば「確実に勝っていた」。似ているようで大きく違う、この重み。確度のレベルを正しく理解しないといけない。橋本拳人の1vs1を決めていれば、勝利に向けてだいぶ楽だったのには間違いないが、それが勝利を確定するものではないということだ。

篠田東京は、1-0を守り切り「確実に勝つ」ための策を取った。4バックから3バックへの変更が試合中に選手に伝わりきらずにあたふたしたここ数試合に比べれば、今日の丸山・秀人投入とシステム変更は実にスムーズに行われたのを見るに、それは今週行われた非公開練習時に予め用意していたものであろうと推察する。

この策をどう捉えるか?がこの試合の肝となるが、その前にひとつ定義を引く。

ピッチ上での変化・流れへの応急手当・アドリブ的なニュアンスを「采配」という言葉に込めるのであれば、事前に試合に向けて準備された策は「スカウティング」の類と表現するほうが相応しい様に思う。今回の3バックはこの定義に照らし合わせると、采配とは別モノの「スカウティング」に当てはまる。

また、前半から見せたあのオールコートプレス、というか嵌め込み守備、これもまた事前準備による策「スカウティング」だっただろう。西川にボールを戻させて、保持した時点でショートレンジのパスコースを全て塞ぐ東京。ただし西川は日本で随一の足下の使い手、視野をミドルサードまで広げて中距離砲で「味方へのパス」を狙う。そこを東京が前への圧力を伴わせて接点での戦いを挑み、結果ボールを奪い取る。西川の上手さが無ければ成立しないこの手法は、浦和相手に見事にハマった。

しかし、そこは池田誠剛に鍛えられてきた我らがFC東京である。90分続くわけがない。前半の華やかな攻撃姿勢が90分続けられれば話は単純だったが、どこかで割り切って構えるしか無い時間帯は必須だったのだろう。誠剛タイムこと60分以降のくだりは篠田監督就任後、何とかリカバー出来つつある印象もあったが、そういうわけでも無いらしい。

この前提を忘れてはいけない。吉本、河野の試合後コメント。

5枚になるまでは変わらず頑張っていこうという感じでいましたけど、正直体力的にも相当きつかった。後ろも前も。やっぱり4枚で5枚を見ているから、スライドを相当早くしなければいけなくて、走行距離が相当あって、あのまま最後までは体力的に絶対に行けなかったと思う。

トーチュウ超早版|吉本「あのまま最後までは体力的に絶対に行けなかったと思う」(9月17日・浦和戦)|365日FC東京モバイル

 結局、東京がこのマッチウィークで事前準備する策としては、「西川シフト」と「5-2-3」はセットでなければならなかった。そして片方のみではスカウティングとして成立しないことは、試合前から監督も選手も理解していた上だったということだろう。

その状況の中で、やれ「翔哉を残しとけば…」やれ「あのまま4-4-2でやっていれば…」それらが全て空虚でしか無い事は明らかだろう。

ここまでが、浦和戦に向けて用意をしていた「台本」である。そして試合は当然、時間が進む毎に徐々に台本から逸れ始めていく。事前と実際とのグラデーション、「采配」の領域が徐々に色濃くなり始める。


采配の領域としては、まず必要なのは台本の賞味期限をどう見極めるか?となるだろう。

それは90分のリアルタイムの中で、ピッチ上の流れを見極める作業となる。モリゲの(今となってはあまりに謎な)痛がり方から始まり、東京の選手の疲労度合い、相手のコンディション具合、決めておけばだいぶ楽になっていたであろう拳人の1vs1、もはや同郷の西川しか構ってくれない慶悟の痛がり、クソ野郎でしかない森脇など。細かい潮目を見極めながら、どう判断するか?これは完全にスタッフの領域となる。

その結果として、58分での丸山投入。策自体はスカウティングだが、そのタイミングまでもが策なのかもしくは「采配」だったのかは重要な所だろう。前述の通り、誠剛タイムを気にして台本に時間も書かれていたかもしれないし、グラデーションの中で予定よりも早めたアドリブだったのかもしれない。

篠田監督の試合後コメント。

少し早めに形を変えた。(中略)練習ではやってきたので、1点を先に取って、2点目を取って終わらせれば(良かった)。そこの見極めは私がミスをしたなと思いました。

監督コメント/FC東京vs浦和の試合結果・データ(明治安田生命J1リーグ:2016年9月17日):Jリーグ.jp

雰囲気としては、タイミングに関しては後者の領域だった様に伺える。ただこれはリアルタイムで受けた現場の肌感が尊重されるべきだろう。実際、後半立ち上がりから浦和の圧力に押されている展開は続いた。ピッチ上の選手たちのままで抗える素振りも無かった。一刺しするパワーが河野・翔哉に残っていただろうか?(前節の「死んだふり」があるだけに、そこに一縷の望みを託したくなるのも分かる)。采配した当人が(少なくとも表面的には)ミスとして自覚的なのであれば、今回はそこまでとして構わない話だと個人的には思う。


それよりも、試合を見ていて感じたのは、浦和としてはむしろ相手がミラー的に来られた方のが敵を剥がしやすそうだなということ。後ろ重心の東京の手前で、スパスパとサイドチェンジがやりやすくなった。これまで対策され続けてきた経験もあるだろうし、東京のガス欠も著しかっただろう。ミラーに構えることで戦況は個vs個に移行していくが、それは浦和としては待ってましたの流れだったのかもしれない。

この潮目をどう見極めるか?用意した台本があまり効果的では無さそうだという空気。こちらの方が、より「采配」の領域として、思案の為所であったと思われる。そして、同点。台本は一気に崩れた。


選手に体力は無い。攻撃を作れる選手もいない。打ち手もかなり限られ、どれを採用しても率直にあまり効果も期待できない状況。しかしここはホーム。まだ同点。故に、どう「采配」するか?ここは100%アドリブを試される場面だった。

せっかく用意してきた台本を10数分で破棄するのは、シナリオライターとしては難しいところではあったろうが…それを個人的には期待しながら試合を見ていた。その中で、実際に取られた「采配」は梶山→インス。まさか5-3-2とは驚いた。FC東京ではこれまで、安間ヘッドコーチがU-23時代に4試合行っただけの布陣である。

ここ。采配においていきなり安間色が強い打ち手がされた事には正直驚いた。スタッフ間での合議制なのか、はたまた主導権的な内情なのか、透けて見えそうな何かに想いを巡らせながら…結果その安間システムは大失敗に終わる。EURO2016ではコンテ・イタリアも駆使していたこの美しい布陣も、インサイドハーフに移動した拳人・慶悟と2トップの前田・インスが4枚同時ウラを取りに走ってしまえば台無しである。

そのまま浦和の勢いを押し返す事が出来ないままに、逆転、そして介錯

 

試合全体を評するのであれば、「スカウティング」は一定の効果を生み、しかしフィジカルステータスが台本の摩耗を早めてしまい、その手当としての「采配」に失敗したというところだろうか。また個人的な感想としては、スカウティングで取られた策・発想自体は自分の宗派に沿うものでもあったから、そこに関しても何ら気にしてはいない。

もちろん本来的にはここでスカウティングの「質」というか、「3-4-3の常時5バック化」というクオリティ視点は必要ではあるが。特に安間システム時に両インサイドハーフが両ワイドに大きく広がるポジショニングを取っていた部分は、両WBのあるべき形を放棄するものでもあった。システム本来のキモである3バックと5バックのフレキシブルさを、チームが理解出来ていない事を示す現象だっただけに、大いに気になる箇所ではあった。

ただ正直ここは、篠田トーキョーも2ndセットとしての3バックも、やり始めてまだ間もないし…とするしか無いだろう。また、他にも池田誠剛だったりACLだったり城福解任だったりU-23成果への焦りだったりと、諸々の要素がありすぎなので判断しづらいところもある。

方や采配の部分は、アンテナの感度やそれを受けての応急手当に多少の不安は残りつつ、それ以上にスタッフ間のパワーバランスというか、スタッフがチームとしてどうワークしているのかが気になる所ではあった。また選手も選手で、采配・応急処置を受けて試合を見ていたそれを支える「メンタル」などは、もう少し見せてほしかったところではある。アドリブ力で乗り切ってきたマッシモ時代に比べれば、チーム全体としてそのパワーが削がれていた事実が、この試合で顕になった。


総じて、石川直宏のTweet。

 「プラン以上の更なるプランを皆で作り出せなかったのが今日の結果だと思う」とは、これまでダラダラと書いていた内容を端的に表現するには相応しい言葉だろう。これを自分なりな解釈で補助線を付け加えるのであれば「(台本)プラン以上の更なる(アドリブ)プランを…」とでもなろうか。

篠田監督は意図というかスタイルが単純かつ分かりやすいから、こういった際に外野としては何とも汲み取りやすい(だいぶ善し悪しでもあるが…)。少なくとも、混乱の中で適当ぶっこいてダメだった、もしくはただただ無策だったのとは雲泥の差がある。選手スタッフそれぞれが、試合自体への悔しさは強く抱えつつも「PとDが明確だから、Cはこれから行いやすいし、その上でAに進めばいい」と思えている様子は、この試合を振り返るに十分な評価だった様に思える。ただそれはほぼ「台本」についてのみ。アドリブ部分に関しては…

 チームが勝ち続けていくためには、必要なのは「台本力」と「アドリブ力」とその「潮目の見極め」。さて、篠田トーキョーは?その現在と未来が少し見えた試合だった。

 

…と、ここまで冷静ぶって書いておきながら、方やペトロヴィッチ監督のコメント。

考え方だが、特に相手が点を取らないといけない、そしてリスクを負って攻撃を仕掛けてくる。そういった中で受けに回ってしまったら時間の経過とともにその圧力にやられてしまうこともあるんじゃないかと思う。

監督コメント/FC東京vs浦和の試合結果・データ(明治安田生命J1リーグ:2016年9月17日):Jリーグ.jp

結局、この宗派のぶつかり合いこそが、サッカーの醍醐味だなと心に染みる。うるせぇよバーカそんなんだから肝心な所で負けるんだよペトロヴィッチはよぉ!と異教徒に喧嘩ふっかけたいところでもあるが、所詮自分は負けた賊軍なので、少なくともルヴァン杯準決勝まではおとなしく屁こいてウンコして寝る事しか出来ないのである。

FC東京が甘く見た「筋違い」は時間が解決するわけでは決してない

勘違いしてはいけないのが、5月の城福東京が手にしていたあの高い守備力は、所詮4-1-4-1システムで9人ものプレーヤーを用いて得られたものに過ぎないということだ。ブロック敷いて中央を固めて、アンカーである高橋秀人が守備のフリーマンとして2ライン間を自由に泳ぐ形。人数かけてでもなりふり構わずに、最低限の守備能力を担保するという単純な話。

方やマッシモの守備はご存知、4-3-1-2システムを用いて、7人だけで成立させていたものだ。もちろん実際は、トップ下河野の多大な貢献無しにはあり得なかったのは言わずもがなだったが。それでも、そこに「7人ででも成立させるだけのメソッド」があったのは明らかだろう。結果として、シーズン3位の失点数。

メソッド無しになりふり構わずな城福前監督の守備構築は、前任が披露していたものに比べればあまりに不格好ではあった。だがそんな不格好な形へシフトした、5月の城福前監督のあの判断は、アンチである自分としても支持するものだった。不格好でもやるしかない、必要な決断だったと思う。


面白かったのは、そんな不格好な守備シフト偏重においても、城福東京の攻撃の形はそれなりに成立していた事である。人数はかからないけど、かからないなりに攻撃としてはフィニッシュまで迎えていたし、そのための人選を(消去法で結果的に、ではあろうが)行えていた。

そしてそれは、方やマッシモが攻撃に3枚を残していても結果的にああだった事と対比すると、より味わい深くもなるだろう。

サッカーは難しいなと。ありきたりだけど、城福解任までのラスト数試合を振り返ると、そんなことを思う。結論、城福解任で当然だけど。

 

この手の話の際にいつも出てくるのが「監督のサッカーが浸透するまで、最低でも3年は任せるべきだ」という、いわゆる『3年論者』の存在である。しかし、これってどうなのか?と自分はいつも考える。

「3年」って根拠が果たしてどこから来ているのか?それは例えばサッカー先進国から輸入された、ありがたがるべき説なのか?もしくは日本国内が発祥の経験則からくる説なのか?

もっと具体的に言えば、日本というメンタリティに囲まれているクラブチームにおいて、3年論はそのまま当てはまるものなのか?ということだ。超失礼な偏見でモノを言うならば、自我の強い多国籍外国人で構成されたチームと、従順に従うばかりの日本人で構成されたチームとで、同じく3年間が必要だとは、自分はとても考えられないのだ。

どこかの国の人による経験・感覚値から導かれたものなのであれば、それはそれで問題無い。「一般論」としてはそうなのだろう。しかしそんな一般論を他者がそのまま他の現場にあてはめようとするならば、それは思考停止でしか無い。

つまりは、マッシモの場合はどうだったのか?マッシモの指導力を。FC東京の選手構成を。Jリーグというドメスティックな環境を。一般論をいかにローカライズして、果たしてマッシモに3年目を託すべきだったのか?と。

こうして紐解こうとしなければ何も始まらないし、思考停止の3年論を振りかざすだけでは、一生バットの芯で捉えられる事は無い。

 

事実として知っておくべきは、立石GMによって築いてきた選手構成は、昨年をもって既にサイクルを終えていたということだ。よっちが去り、コースケが去り、権田が去り。代表級の選手が3名も抜けていれば、ダウントレンドと判断するのは当然だろう。

しかし誤解してはいけないのは、これは「成功」であるということだ。J2降格をきっかけに、鈴木強化部長の後任として就任した当時の立石強化部長は、クラブの大改造に乗り出す。チームの主軸として補強した選手たちは、結果としてJ1トップレベルにまで引き上げられ、2015年にはクラブに「過去最高の結果」と「負債をすべて清算するだけの違約金」を残した。これ以上の成功事例が、これまで国内でどれだけあっただろうか。

2015年のFC東京は、選手構成サイクルの頂点であった。当時そう認識する事が可能だったかは難しいところだが、いま振り返ってみればそれは確かと言えよう。また、立石GMはじめクラブとしては、このピークを当時から認識していた様にも伺える。故に、昨年あのチームが結果のみを、頂点のみを目指す事には、クラブとしても筋が通っていた。


方や、マッシモの指導力に関して言えばどうだっただろうか。

自分としては、彼に正直これ以上の引き出しは無かったと思う。指揮を執ってきた2年間をもって、マッシモの形はある程度選手たち備わり切っていた。フレキシブルなシステム変更も、マッシモの意図も、90分内のあいだに選手たちはピッチ上で受け取り、反映し、戦う事に「慣れ」も伺えた。それはマッシモ流の「浸透度」に他ならない。

逆に、それらの例えば「ハーフタイムの修正力」は、事前のスカウティングもしくはスターティングの正答率の低さも意味していた。異国からやってきた彼とは言え、彼ほどの指導者であればJリーグの理解もだいぶ行えていたはず。にもかかわらず…

加えて、あの攻撃構築である。

となると自分は、3年目に戦術的な上澄みはあまり期待できなかったと考えている。


これらを勘案すると、マッシモに一般論そのままに3年論が当てはまっていたのか?となると疑問を感じずにはいられない。彼の抜群の指導力と、理解の早い選手たちによって、戦術の伸び白を2年間だけである程度埋める事に成功したと言えるのだから。

方や、選手構成サイクルが終了し、構成力は落ち、加えてACLの過密日程によってさらに目減りする事が明らかな2016シーズン。故に、マッシモに3年目を任せたところで果たして成功していたかと言えば、自分はそうとは今でも思わない。2016シーズン、マッシモトーキョーであったらFC東京は失敗していた。

ここまでは良い。そして問題は、ここからだ。その上で、果たしてマッシモに3年目を任せるべきだったのか?という決断の問題である。

 

城福前監督が解任された今になって、あの時の決断の要因となったと思われる様々な話がこぼれてきている。エルゴラからも、ワッショイ兄やんからも、マッシモの次の赴任先からも、そして他よりちょっと深入りな事情を知っているサポーターからも。それらのディテールも信憑性も、所詮一般人の自分には知る由も無いが、それら全てがあの時の決断の要因となった、ということなのだろう。

しかしそれらの要因全てが、マッシモ非更新という決断に対しての「筋」として成立していたのだろうか?今となってはどれを聞いても「でも選手に心地良い事を優先させた結果がコレだよね」「でもそんなのクラブ組織として勝手にやればいいだけだよね」端的にいえば、マッシモが残した成果を前には、それらが全て”筋違い”にしか自分には思えないのである。

つまり、FC東京の2016シーズンは「マッシモ続投の上で座して失敗を待つこと」がクラブ判断としてのあるべき「筋」だったと、自分は理解している。


ただもちろん、当事者であるクラブの心境を慮れば、正しいことだからと座して死を待つ事は無理だっただろう。そういう意味では、マッシモとの契約を更新せずに新監督を据えて延命を試みる動きは理解は出来る。ACLもあるのだから尚更だ。だがそれは本来は”筋違い”な訳だから、少なくともそれを覆すだけのよっぽどの「別の筋」が必要だったはずだ。

クラブは結局、ここを見誤った。

城福時代が半年足らずを持って終焉し、篠田監督という新たな時代となった。そんな今、改めて思うのは、クラブとしてFC東京は「筋違いを通す事をヌルく見すぎだった」のではないか?ということだ。

「結果」というのは、筋としてはあまりにも強い。それだけに、筋違いを通すにはそれなりのパワーもロジックも伝達も必要だったはずだ。しかしそれがあまりにも拙かったのは誰の目にも明らかだろう。


2015シーズン終了後にFC東京がクラブとして立った岐路。

今になってそこにifを想うのは不粋でもあるし、する訳もない。マッシモとの2年間は個人的には良い思い出ではあったが、だからといって「あの時マッシモのままでいれば…」なんて引きずり方なんぞ、今さらする訳が無い。マッシモが去り、城福が去り、篠田が新監督として就任した。時代は既に2つ先まで進んだ。

それでもまだ、1年も経っていない前の話である。違えた筋は、違えたままに、全ての青赤な人々に残り続けている。筋が正される見込みも無いままに。そしてその事実をクラブがまたしてもヌルく見ている様な気がしてならない事に、少なくとも自分は今、非常に居心地の悪さを感じているのである。


===

 

と、ここまでを城福解任直後に、総括的にチマチマと書いていたが、結局詰めの仕上げをサボり続けてここまで来てしまったので。このタイミングながら、追記の上で公開をしてみる。と言っても解任されたのが7/24だから、まだ1カ月とちょっとなんだけど。まぁ濃い夏だったね。

勝ち点36をどう見るのが正しいかは分からないけど、まぁJ1残留確定でいいでしょう。いやホントに良かったよ、つかJ2降格の経験がここまで活きるとは思わなかった。経験しておくもんだね、名古屋にも是非オススメしておきたいところである。

個人的な話をすれば、未だ篠田監督に「ノレない」自分が正直いる。

もちろん、ほぼJ1残留を決めたわけで監督仕事としては大成功だろう。彼の様な監督があの時には必要だったのも間違いない。それはもちろん理解している。それでも芯の所でまだ引っかかるのは、結局は筋を違えた状態のままなのには変わりないからだと、書いてて再認識した。

篠田監督になって、それこそ城福前監督とは真逆なくらいにサポーターとコミュニケーションをとっていた。それが例えベタであろうと、でもサポはそれがやっぱり嬉しかったし、だからサポにも受け入れられて、結果場が好転していく。そんな様子を観ていると、やはりコミュニケーションの重要性というか、「勝手に筋を正してくれる」事への効能を実感する。

ていうか、大したコストじゃないんだからやれば良かったんだと思う。別に説明責任を問うとかじゃなくて、その方が圧倒的に効果が見込めるんだからやれば良いのに、やらないとか馬鹿なんじゃないかな。第二次城福政権が失敗したのは、彼が開幕戦で「城福東京コール」を無視したからだと思うし、FC東京というクラブが筋違いを甘く見ている状況自体は今も大して変わらないんだろうなと。そんな感じ。

 


J1残留をほぼ決め、ようやく来季のことを…と考えると、前述の通り「選手構成の新サイクル構築に向けて、スタートラインを切らないといけない」だろう。優勝狙いも盛大にズッコケて、2011以降の積み上げも全て崩れた。ACLも恐らく無いので、選手編成の大幅刷新は必須だ。

幸いなのは、U-23があること。懸念は、U-23の収穫を焦りすぎている匂いがあること。J3中断期間だから仕方がなかった、という言い訳を成立させるためにも、今週末からのJ1-J3本格併用はお手並み拝見だろう。

このU-23から、果たしてどれだけの新サイクルがパワーを持って台頭してくるか?今季の残りは、この新サイクルと旧サイクルとの世代闘争に、来季の希望を見出したい。

…ところなんだけど、ここにきて梶山陽平に復活の気配が出てきたことが、カジヤマニアの魂に火が付きかかっているのが、このあるべき理想の邪魔をするんだよなぁ。

あぁ、梶山陽平たまんねぇおじさんは悩んでるよ。

FC東京の人気低下を、観客動員数6,000人減よりも「FC東京魂の盛り上がらなさ」に実感した話

あんな鳥栖戦の後だったからと、すごい久しぶりにFC東京魂を見た。

 制作側も最高の煽りで番組を盛り上げるww

 

しかし、その番組にサポが一向に盛り上がらない。不気味なほどに静か、全くの「無」のまま番組が終わってしまった。まるで、FC東京魂だなんて番組など元から無かったかのように。そもそも誰もFC東京魂を観ていない。

確かに、これ以上ない失望と怒りを覚えた鳥栖戦ではあった。あんな試合、もう忘れてしまいたいとは誰もが思っただろう。しかしそれでも忘れられない、悔しさが消えることがない。不満やら文句なりの、いわゆる炎上的な表面化が金曜23:00にまたされるものだと勝手に思っていた。何せあのインパクトだったのだから。

しかし、サポは忘れた。最高の週末が待っていることを忘れ、「金曜夜にはFC東京魂があるよ」という習慣すら忘れ、何事も無いままに、いま淡々と土曜の朝を迎えている。

FC東京、人気やべえな」

表層的な部分だけでなく、芯喰ってやべぇを実感した瞬間だった。

 

今年に入って、FC東京のホーム"味の素スタジアム"の観客動員数6,000人減は、J1全チームを比較してワーストの下げっぷりだ。その理由として語られる項目はどれも正しいものだろう。

そんなもっともらしい理由を持って、その数字にサラッと納得していた部分が自分にもあった。そら6,000人減にもなるよねと。けど、定性的に「芯喰ってやべぇ」を実感した今、改めて丁寧に振り返ると「いやいや、ホントにそこまでなるの?」と思い改めた。つまり、

6,000人減のうち、果たしてSOCIOは何人いるのだろうか?

そう考え始めた時に、背筋がゾッとする思いが生まれた。元々自分の様なアンチ城福が「味スタ行かねーよ」とか程度であれば、元々見込んでいた範囲なので問題無い(どうでもいいとも言う笑)。しかしそうではない、ごくごく普通のSOCIO達が、2016シーズンを追いかけていくことで態度変容があったのであればそれは大きな問題だ。結局、こういう人が想像以上に多かったのでは?というのが、改めて立ち止まって考えたことだ。

 

以前、ブログでこの様なことを書いた。

愛するクラブを追いかけ続けるサポーターのみが得られる極上体験にはいくつかあるが、そのうちの1つとして「応援し続ける選手の成長加速度にしがみつく楽しさ」というのがあると思う。

応援する選手が「いま凄いかどうか」も大事ではあるが、サポーター観点での楽しみに限定すると、選手の今の絶対値の大小よりも、短期間でグッと「凄くなっていく」その加速度こそが重要になってくる場合が多い。選手の成長に、サポーターが振り切られてしまいそうな感覚。1試合1試合、追いかけ続けるごとに増す楽しみ。FC東京であれば、それは長友佑都であり、武藤嘉紀であり、今シーズンでは橋本拳人などになるだろう。選手の加速度にしがみつきながらも、さらなる後押しでそれを促していく。好循環の疑似体験を重ねることで、サポーターはその選手をさらに「特別な存在」へと高めていく。 

選手にフォーカスして書いたものではあるが、そのままクラブにも当てはまる話であろう。

興行であるその試合が、その試合一つだけで意味を成すものではなく、リーグ戦の中の1つとしての意味も備えている以上、興行としてその試合に魅力を持たせるのは「過程」であるという部分だ。「優勝を目指す」過程、または「J1残留を目指す」過程。何よりそのチームが「強くなっていく過程」「成長していく過程」。長友やよっち、拳人がサポから人気なのは、彼らがすさまじい「過程」を見せてくれたからに他ならない。

 

2016年のFC東京が(試合の内容がとかではなく存在として)ビックリするほどにつまらないのは、彼らの試合に「過程」を感じないからだ。

試合を重ねても、別に強くなっていくわけではない。何かの最終形に向かって進んでいる感じもない。そして、秋ごろに試合を見に行っても恐らく変化は無いと予測してしまう。であれば、FC東京の「今」を見る必要は別にない。そしてその理由は「今」だけでなく「未来」にも当てはまる。

変化が無いものに魅力が備わるわけがないのである。今もそしてこれからも、FC東京を見ておくべき理由が無いのであれば、サポーターにとってFC東京という存在が消えていくのは当然だろう。FC東京U-23の方が、現時点においてはまだ変化がある分だけ「強くなっていく過程」を感じられるだけ、魅力がある。FC東京U-23の観客動員数平均が約2,500人。魅力を天秤にかけた結果、はここにも現れているのかもしれない。

 

FC東京に「変化」が必要なのは明らかだ。アンチ城福である自分はこれまで、アンチ城福らしく「監督交代」をもって変化を主張してきた。

しかし、それだけで事が済むとは思えない情勢に、FC東京は既になっていたのかもしれない。

FC東京U-23においての、選手編成の大失敗。

ギャンブル起用をもってしてでも選手のコンディショニングを高められなかったスタッフ陣。

そして何より、プアな判断と集中力をもって鳥栖戦のあの敗戦劇のメインキャストを担った、主力と呼ばれる選手たち。

 

アンチ城福として城福のことだけ考えていれば済んでいた時期はとうに過ぎ、それどころではない「変化」が必要になっていたFC東京

それに気付かされた、という意味で、だからあの鳥栖戦はより残酷な代物だったのだと思う。

FC東京U-23が迎える"初めての夏"を初めてなりに考えてみた

J3第13節、FC東京U-23vs藤枝MYFCの試合を観に行った。

結果的には1-1のドローに終わった試合だったが、内容としてはFC東京U-23が勝つべきものだったと言える。攻守に相手を優位に進め、これまで7試合を見た範囲内だけで言えばベストの内容であった。

特に顕著だったのが、守備の充実ぶり。相手からボールを奪いに奪い切り、そこからシームレスにチャンスに繋げる速攻も素晴らしいものだった。

思えばDFラインにはOAの吉本に、トップで活躍していた小川諒也。特に小川の空中戦の強さは強烈で、SBであれを出せるのは日本でも数少ない素質であろうことを示した。
FWはユインス・平岡翼の2トップ。当初はまともに守備が出来なかった両者も、2トップでのやり易さなのか各人の成長の賜物なのか、挫けずに相手をよく追ってくれた。
そして中盤。野澤英之と組むのはU-18の鈴木喜丈。そして両翼を生地慶充と内田宅哉が務めた。この守備構成力が、これまでの試合を観てきた中では抜群だった。

そう、この試合はU-23において考えられる「守備の最大値」を導けるスタメン11人だった様に思う。もちろん、これだけのU-18メンバーが居ながらにして、いや、居たからこそである。


…と言い切ってしまうのは、FC東京U-18を応援し続けてきた身びいきがこう思わせてしまったから、かもしれない。しかし…

  • 攻→守の切替や、二度追い三度追いは、所詮当人の意識の問題
  • それがU-18の選手たちは佐藤一樹監督の下、これまでも当たり前にこなしてきた
  • チームがU-23に代わろうと、このメンバーが揃えば、あれだけの守備構成力はむしろ当然な代物だと言える
  • ただ、さすがに「奪い切る」ところまでは難しい。U-18とJ3の体格差は明らか
  • それでも所詮J3レベルだと「プレッシャー程度」レベルで相手が勝手にミスをしてくれるので、奪い切る域でなくとも一定以上の効果は期待できる。

カテゴリー差は消耗度に表れる。故にU-18の選手たちは終盤の疲労度が大きく見て取れた。ただ、それこそが成長の肥やしになるし、それが上述のようにJ3であれば「致命的」にならない。総じて、U-18の選手たちはJ3において「戦力」として良くやれていると思うのだ。

加えて藤枝戦では嬉しいニュースもあった。中島翔哉が戻り、室屋成が戻り。ようやく選手も揃いつつあることで、U-23においてもいよいよ席の奪い合い、待ち望んでいた「競争」が訪れるのか…

いや、事はそう簡単には進まないのである。

試合後にまずもった感想は「U-23でこの陣容、この守備の最大値を組めるのは、今年これが最初で最後かもしれないな…」。

そう、もうすぐ夏が来る。U-18にとっては、全国大会の夏が来るのである。


U-18の年間スケジュールは、主に3つのタイトルを目指す戦いが中心となる。まずひとつは、年間で計18試合を戦うリーグ戦「高円宮杯プレミアリーグ」。ふたつめは夏の全国大会である「クラブユース選手権(通称:クラ選)」そして3つ目は秋〜冬にかけて行われる「Jユースカップ」。大人たちが「Jリーグ」「ナビスコ杯」「天皇杯」と戦うのと同様にU-18のスケジュールも組まれ、クラ選は端的にナビスコ杯(改めルヴァン杯)の様なものと思っていただいて差し支えない。

当然、重要な大会だ。FC東京U-18は今年「3冠」を目標に据えてこれまで戦ってきている。J3なんかに出ている場合ではないのである。

そうなると、気になるのがJ3との兼ね合いだ。自分の整理のために、予定を振り返ってみる。

トップ U-23 U-18 その他
7/23(土) A川崎(1830) リオ五輪直前合宿(22日〜)
7/24(日) H大分(夢の島1500)
7/25(月) クラ選GL(群馬900or1100)
7/26(火) クラ選GL(群馬900or1100)
7/27(水)
7/28(木) クラ選GL(群馬900or1100)
7/29(金) クラ選R16(群馬900or1100)
7/30(土) A新潟(スワン1900)
7/31(日) H鳥取(西が丘1700) クラ選QF(群馬900or1100) ブラジル代表(ゴイアス0430)
8/1(月)
8/2(火) クラ選SF(西が丘 ??)
8/3(水)
8/4(木) クラ選決勝(西が丘 ??)
8/5(金)
8/6(土) H磐田(1900) 総理大臣杯初戦(大学)
8/7(日) A栃木(グリスタ1700)

クラ選が始まったら果たしてU-23はどうなるのだろう?との想定のもとに調べ始めたのがきっかけだったが、リオ五輪が丸被りなのが抜けていた。さすがにJ3のためだけに選手をブラジルから直行直帰させるわけにはいかない。現在の招集状況を一旦当てはめれば、翔哉、室屋、拳人は不在となる。

そして特別強化指定の大学生選手たち(矢島輝一、山田将之、小山拓哉)にとっては、これまた全国大会である「総理大臣杯」が待っている。中央大・専修大・法政大は共に、大臣杯出場を懸けた関東トーナメントに今週から臨む。だから現時点ではこの時期に3人がU-23に出場できるかは分からない。

こうして、7月後半〜8月前半に想定されるU-23メンバーは一番少ないパターンで考えると、ざっとこの様になる。

  • クラ選:波多野・高瀬・岡崎・蓮川・鈴木喜・伊藤・内田・生地・半谷・松岡・鈴木郁
  • 総理大臣杯:山田・小山・矢島
  • リオ五輪:中島・室屋・橋本
  • FC東京U-23メンバー:GK圍 DF小川・柳 MF野澤・平岡・佐々木・インス 計7人+OA3人=10人

百歩譲っても、これは破綻だ。


元々、今年のU-23の選手編成は、大失敗もいいところであった。

ガンバは昨シーズンと今シーズンで、11名の新人選手を迎えている。セレッソも偶然か2シーズンで新人選手は計11名だった。これは当時からセカンドチーム参戦に向けた積極施策かと噂もされていた。選手編成を担う人間としては、そのような可能性があるのならば当然の打ち手だろう。方や東京は2シーズンで計3名+室屋のみ。

その結果がこれである。「最低限」すら保てない。

そしてそのしわ寄せは、現実的にはまたしてもU-18の選手たちが被ることになるのだろう。これまでもU-18の選手に無理を強いることで、何とかやりくりしてきた。

J3第13節までにクラブが得られる出場時間は、90分×11人分×13試合=12,870分(幸野志有人の暴言退場は考慮しない)。その内、U-18選手が担ったのが計2,974分。これは全体の23%となる。また、ベンチで控えさせる"拘束時間"も考えれば、U-18が強いる負担はそれ以上だろう。

もちろん、それが選手たちに貴重な経験となっているのは事実だ。正しく得た出場時間であれば大歓迎だし、自分は元々U-23施策には全面的に賛成の立場である。

しかし、あくまでそれは「適度」であるべきだ。少なくとも、4月17日の様に「千葉で試合に出場⇒新木場に移動⇒夢の島で試合に出場」などは絶対に行ってはいけなかった。時間は経ち、移動のために身体も硬くなり、その後に上位カテゴリーの試合に出場。よく怪我をしないで済んだというレベルである。目的には100%賛同するが、そのための手段として、この様な度が過ぎた起用のされ方は決してされるべきではない。

ましてや、これから迎えるのは夏である。

灼熱の群馬で連日行われるクラ選は、ただでさえ大きな問題を孕んだ大会だ。JFAがようやく明確な熱中症対策をもってメスを入れ始めようとしている中でもある。選手たちに蓄積される疲労の具合は、春先とは比べるまでもない。

その中で、果たしてFC東京U-23は、この破綻する夏において、U-18の選手たちを使ってどう『やり繰り』をしようとしているのか。

少なくとも、二種登録の選手をU-23とU-18で真っ二つに分けるべきだろう。U-23に出場させる選手は群馬に帯同させない、くらいの明確な線を引くべきだ。選手を守るために、「適度」を保つために、決して一線を越えてはいけない。それが今から心配でならない。


二種登録としてJ3を戦っているU-18の選手たちは、チームの戦力としてよく戦ってくれていると思う。そんなプレーがU-23を見に来るサポーターにも伝わり、選手の顔と名前とプレーも徐々に覚えられ、親近感も持ってもらえつつある様に見受けられる。

これは、そんな身近な彼らの「生き死に」の問題だ。


何はともあれ、夏は来る。
U-18にとっては、大事な夏が。
大学生にとっては、憧れの夏が。
そしてU-23にとっては、初めての夏が。

だから、初めてなりに考えてみた。今年の夏は、どうなるだろう?
そして考えてみた結果…今はただ、選手みんなに無事に乗り越えてもらう事を祈るばかりである。

FC東京U-23の先にある、選手たちとの「納得のサヨナラ」

J3第10節、FC東京U-23vs鹿児島ユナイテッドFCの試合を観に行った。

場所は夢の島競技場。観客動員数は2,192人と発表があった。夢の島開催だけで言うとこの数字は、前回のガンバ大阪U-23戦の1,993人より増えているのだから立派なものだろう。そしてこれまでホーム開催5戦での平均は2,698人なので、前回エントリの理屈に則れば、まだまだ儲かる芽は残しているww

とは言え、肝心の試合成績は散々たるもの。鹿児島戦でも結果はスコアレスドロー。試合を終えて湧き上がる勝ち点3への未練は、東京側よりもむしろ鹿児島側に強く残ったであろうと想像できる、そんな内容であった。

 

第6節アウェー鳥取戦での勝利によって、U-23が一皮剥けたのは明らかだ。圍の指示の声は開幕戦に比べればハッキリ堂々としたものとなったし、U-18から"出向"しているCB岡崎慎のプレーぶりたるや、もはや「借り物」の域を越えた存在感を放っている。

何より、チームとしての背骨がようやく出来つつあるのが見て取れる。当初は本当に酷かった。チームになっておらず、そのくせ選手がチームを造ろうとしている過程感がまるで無かった事には、観ていて絶望しか無かった。

それが、幾人ものオーバーエイジ達が、限られた中でチームをどう造っていくのかという「振る舞い」を示してきた事で、ようやくチームには背骨が通り始め、鳥取戦での勝利によってようやく形作られた。

ただし、それが成績に繋がるとは限らないのがサッカーでもある。古今東西、チームの熟練度は成績とはそう簡単には比例しないものだ。特にFC東京U-23においては、数少ない機会の中でコツコツと形作ったものであるが故に、その出自である、所詮「トップチームに出場できない、何かしら課題・不足を抱えた選手たち」の色がベースとなって出来上がった背骨でしかない。そんな背骨にどの様な価値があるか?第10節経過時点で、J3リーグ最下位。価値を示す、1つの指標であろう。

チームですら無かった状況から、輪郭が徐々に付きつつあるのだから、それは大きな進歩だ。しかしだからこそ、FC東京U-23としては言い訳が効かない状況も出来つつあるとも言い換えられる。シンプルにただ弱い。相手と同じ土俵に立って比較できる様になっただけに、露呈しているその問題は根が深い。

 

 

前回エントリで、この様に書いた。

野球で一流の打者になる為にはバットを振り続けるしか無いし、一流のピアノ弾きになりたいのであればピアノを引き続けるしか無い。試合で活躍する選手へと成長したいのであれば、試合に出続けるしか無い。悩み、苦しみ、負け続ける事に心の底から悔しがり、それらを覆さんと腹括って日常を生きる。その積み重ねしか無い。

彼らには試合が必要だ。だから自分は、この施策のリターンに確信を持っている。 

羽生直剛が選手として如何に価値のある選手なのか?それを考えれば、サッカー選手としての価値には様々な観点がある事が良く分かる。そういう意味では、サッカー選手における「成長」とは、身体的・技術的な要素だけではなく、頭脳的・精神的な要素においても伸びる余地があると言える。そして成長する機会というのは、何も若手選手のみに限られた特権ではなく、どの年齢どのような選手においても等しく有するチャンスであるということだ。

選手とは"小平での練習"に、"試合での経験・体験"をかけ算していくことで成長していく。どんな選手においてもだ。至って普通の話であろう。

しかしこれをまた言い換えてみると「じゃあ試合という機会がありながら成長できない選手って何なの?」ともなってしまう。FC東京U-23が誕生したおかげで、言い訳の効かない状況は選手においても生まれたということになる。

 

言い訳の効かない状況において、それでも成長できない選手がオフシーズンにどうなるのか?それは言うまでもないだろう。そしてそのカウントダウンは、この淡々と勝ち点を落とし続けている現在においても確実に進んでいる。

制度的な話で言えば、U-23での出場時間はA契約・B契約移行への条件として算入される事になっている。J3では1350分、15試合フル出場相当の出場時間を得ることで、選手は次年度以降に契約移行が必要となる。アカデミー出身選手が多いFC東京においてはA契約25名枠(今シーズンはACL出場で27名枠)にゆとりがあるのは確かだが、C契約なのかA・B契約なのかが契約更新の際に要素・制限となるのは間違いない。

しかしそれ以上に現場で観戦していて思うのは、「こんなプレーしていたら、そりゃあトップで出れないわ」であり「これだけ経験させていても変わらないのであれば…」という『納得感の醸成』だ。

観客は得てして、選手の「知らない部分」に過剰な期待を込めてしまいがちだ。脳内に「伸びしろ」を勝手に創ってしまう。しかしそれが試合を重ねていくだけ、選手の「知る部分」が増えていく。「コイツもっと凄くなるな」もしくは「割とそうでもねぇな」と理解する。

FC東京U-23が試合を重ねていくことで、選手は「成長してトップチームで出場機会を得ていく」かもしれないし、もしくは「大した成長も見込めないから…」となるかもしれない。どちらにしてもその結果に伴うのは「周囲の納得感」だ。

 

今のFC東京において、分かりやすい例は平岡翼か。

これまでもJ-22でそれなりに出場時間と結果も残してきたが、その際の出場時間はこれまでのルール上、A契約締結条件にはカウントされていない。それが今シーズンのU-23の戦いはカウントされていくルールとなった。例えば今日であれば柳貴博が不在だったためSBでの出場もあり得たわけだが、そんな「数合わせで仕方なくSBで出場する試合」も確実にカウントを進めていく実績となってしまう。

元々C契約は3年限定なので、どちらにしても来季契約の際にはB契約以上の締結更新が必要ではあった。ただその際には当然、第10節時点で703分という出場時間も判断材料となる。これはU-23が無ければ得られなかった材料だ。

その結果として、果たしてどう判断となるのか?少なくとも、そこには出場時間だけの「納得感」が伴うことになる。

そう考えると、所詮まだ20歳の平岡に果たしてFC東京でどれだけ時間が残されているか?

U-23枠に居られるのは再来年まで。個人的な意見を言えば「悠長なことしてる余裕は無い」と思っている。

もっと言えば、幸野志有人U-23枠に居られるのは今年までなのだが。

 

 

来季は恐らくACLにも出られない。良かれ悪かれ、選手編成は大きく変わる。現在のFC東京U-23の酷い選手編成も、今オフには是正に着手するだろう(でなけば立石は馬鹿だ。いや、既に馬鹿だが)

その中で、現在U-23での戦いにおいて「こればっかりは仕方がない」とされている、例えば攻撃における連携や意思疎通、味方同士の理解の欠如によって、ただ淡々と不甲斐ない結果を続けているわけだが、そんな彼らに今オフ待ち受けているのは果たして何か?

ちなみに高橋秀人は、既に"シーズン中"に「納得のサヨナラ」を果たしている。選別は既に進んでいるということである。