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”本気のクラブ”と戦った29,700分が若き青赤戦士の養分となった FC東京U-23 2016シーズンレビュー

FC東京U-23 FC東京 FC東京U-18

端的に言えば、楽しかった。FC東京U-23。やはり新しいチャレンジはしてみるものだなと思うばかりである。

U-23チームのJ3参戦。その激動の1年目が終え、結論として「成功だった」という感覚値は、世間・各クラブ・サポーター共通の認識だと思われる。もちろん、自分もそうだ。

だがその結論に至るまでには、数々の問題が起き、失敗もし、それらは現在においてもまだマイナス要因そのままに残っているものもあるかもしれない。

しかし、世間が華やかな成果ばかりに目を向け続けていくことで、何時の日かそれらが消え去ってしまうかもしれない。そんな不安がよぎった。それでは困る。

起こってしまった問題や失敗は、それらもまた等しく「財産」。1年目だからこそ、U-23創設のチャレンジを行ったからこそ得られた、日本で3クラブしか手にしていない宝物なはずだ。

だから振り返る。そしてWebに残しておく。こういったアーカイブ化は時が経つほどに効いてくる(はずだと信じて…)

 

FC東京U-23の2016年を、時系列でざっと振り返る。

  • 3月:J3開幕。諸々の革命が起きる。開幕戦はボロ負け、観る者が嗚咽するくらいの酷い出来。
  • 4月:おいちゃんダブルヘッダー事件。第6節A鳥取戦で念願の初勝利!インスポーズ爆誕。
  • 5月:ムリキ志願のU-23出場。OA積極参加の先鞭に(その後めっちゃ使い倒される)
  • 6月:翔哉・室屋のリオ五輪組がU-23で脚光。メディア露出が増え始める。
  • 7月:城福解任により、U-23監督が安間さん→ミニラに。
  • 8月:U-18がクラ選優勝!世間にU-23効果として謳われ、世間のテノヒラクルーが始まる
  • 9月:U-23として初の味スタ開催+ナオ復帰戦を水沼ゴールで劇的勝利!
  • 10月:2勝2分と初の月間負けなし。富山県でのはじめしゃちょー人気がバカいかちい
  • 11月:平川怜に続いて久保建英J3初登場、最高動員を記録。最終順位でセレッソを逆転。
  • 12月:U-18最終節に多くのU-23ファンが来てくれて小平大盛況。その裏でU-23が嫌だった選手たちが続々と退団

良い事も悪い事もたくさん並ぶ、このバラエティ豊かな年表を見るだけでもU-23が「面白かった」事が十分に感じられるだろう。


もちろん、単にサポが外野的に面白かっただけではない。クラブとしても得られるものは非常に大きかった。

その最たるものは言うまでもなく「実戦でのプレー機会」。

J3という「プロの有料試合」で、昇格を目指す百戦錬磨の「プロの選手たち」を相手にし、周囲を「敵意むき出しでかかるサポーター」が囲う環境の中で得られた、11人×90分×30節=29,700分。それは他クラブで復活したサテライト戦とは質量共に雲泥の差だった(サテライト戦はクラブ都合で簡単に中止になったり、選手のモチベーションを高めようが無くて効果が期待できない等と、そもそもまともに機能しなかったと聞く)

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みんな大好き!SOCCER-DBより引用した出場記録を生年順でソート

FC東京はもはや、要のポジションにおいては"育成"よりも"獲得"が求められるクラブ規模となってしまい、選手育成においては他クラブへのレンタル武者修行しか術が無かった。丸山祐市然り、橋本拳人然り、中島翔哉然り。近年で台頭した選手の殆どがレンタル帰りの選手となり、外部レンタル無く主力に位置している選手は、近年では小川諒也・室屋成くらいではなかろうか。

そこで、U-23という存在が活きてくる。ストライカーなり、司令塔なり、DFの要なりと、チームの軸となる選手をFC東京の中で育てられる環境がついに整った。かつ、サポはその過程を手元で見守る事も出来る。

例えばユ・インスがU-23に常時出場することによって、ストライカーとして”2,248分試され続けて”きた経験は、これまでのFC東京ではあり得なかった。「今後、インスが青赤の誇るストライカーとなれるのか?」サポにとって、この期待に代わるモノは無いはずだ。


他方で、問題も多くあった。その最たるものが「編成の失敗のしわ寄せが選手に向けられた事」である。例えばU-23の選手不足がために、U-18所属の生地慶充に、同日別会場で開催された公式戦にハシゴ出場するというダブルヘッダーを課した。

もちろん、それが選手たちに貴重な経験となっているのは事実だ。正しく得た出場時間であれば大歓迎だし、自分は元々U-23施策には全面的に賛成の立場である。

しかし、あくまでそれは「適度」であるべきだ。少なくとも、4月17日の様に「千葉で試合に出場⇒新木場に移動⇒夢の島で試合に出場」などは絶対に行ってはいけなかった。時間は経ち、移動のために身体も硬くなり、その後に上位カテゴリーの試合に出場。よく怪我をしないで済んだというレベルである。目的には100%賛同するが、そのための手段として、この様な度が過ぎた起用のされ方は決してされるべきではない。

FC東京U-23が迎える"初めての夏"を初めてなりに考えてみた

少し前のFC東京魂において、渡辺一平が「彼らは若いんだから何も問題ないよ!強豪校ならどこもやってること」と何度も口にしていたが、冗談じゃないふざけんなと言いたい。彼がイメージしているのは所詮、選手が試合中に大量に入れ替わる様な練習試合や、オフシーズンに合同でTMを開催するフェスティバルなどでの連戦に思われるが、今回は「U-18年代最高峰リーグ」と「第1種プロリーグのDiv.3」の同日ダブルヘッダーであり、位置づけも強度も負荷も全くの別物だ。土日での連戦の場合でも、ただでさえクラ選や国体、冬の選手権においてその過酷なスケジュールが問題視されている状況でもある。

渡辺一平の無責任な言動よりも、こういった親御さん方の切実な悩みにこそ意識を向けたい。親御さんのサポート無しにU-23は成立しなかったし、改めてこういった過剰な負荷は決して良しとはしたくない。


そして編成の失敗の影響は、オーバーエイジにも及ぶ。

吉本一謙・ムリキをきっかけに、水沼宏太林容平などがU-23で正しく振舞ってくれた事には感謝しか無い。試合後にサポーターの元へ挨拶に行く際にも、先頭を引っ張るのは圍謙太朗や水沼ばかりで、方や後ろでダラダラと歩いてしまうU-23勢が先輩に怒られる姿は、多くの観客が何度も見かけた光景だ。先輩たちが、無形のU-23を「チーム」として形づくり、ビシッと背骨を通してくれた事は全てのサポが知っている。

ただそんなOAの選手たちとしても、まさかクラブからここまでU-23へのコミットを求められるとは思っていなかったのではないか。自身のコンディション調整のために、もしくはU-23の惨状に一肌脱ごうとある意味男気をみせて手を挙げてくれた彼らではあったが、クラブはそれ以上の出場を求めざるを得ない状況。林容平に至っては、人数合わせ・勝利優先のCMF起用といった”被害”も受けながら、結果としてU-23クラブでOA最多出場時間を記録してしまう。

U-23に多く貢献してくれたOA、圍、水沼、林は他クラブ移籍が決まった。U-23全クラブをみても、1,000分以上出場のOA7名(小椋祥平内田達也岡崎建哉、小谷祐喜、武田博行、圍謙太朗、林容平)は全て、16シーズン限りでクラブを退団する。サポが想像する以上に、選手にとって「トップではなくU-23に出場する」事は嫌だったということだろう。考えてみれば当たり前かもしれないが、それを改めて実感した格好となった。

(とは言え自分から見ての言い分としては、彼らの想いが叶わなかったのは単純に「選手自身の実力不足」もあったと思う。林にしろ水沼にしろ実力的には「J1に短し、J3に長し」だったし、圍に関しては秋元への信頼が揺らぎ絶好のチャンスであったH長野戦において、非常に不安定なパフォーマンスに終わってしまった。サポからすれば、彼らがU-23止まりである理由もまた、何となく察していたし納得感もあった。このU-23の場で彼らもまた”改善”し”成長”してくれる事で…しかしそれは叶わないままに、圍も水沼もクラブを去ってしまった。この手の問題は、一生相容れないものと割り切るしかないのかもしれない)

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選手の出場時間を、U-18、U-23、OAで割合を出してみると上記となる。参考にJ3首位の大分、世界2位の鹿島も並べてみたが、若手年代への出場機会創出という意味ではその実績差は明らかだろう(ただ、所詮目的の違うトップチームとセカンドチームとの比較であること、特に鹿島に関してはそもそもJ1公式戦のみを抽出対象としたデータだったりと、色々と恣意的な比較ではある…)

U-23の3クラブ内で比較した際に、FC東京U-23がガンバ・セレッソに比べて、U-18・OA選手に多くの出場時間を割いていた事がよく分かる。実際、FC東京は組織変更でU-18の所管を変更する等、U-18選手を積極活用する意図が元々強かったのは間違いない。

しかし実際は前述2例の通り、本来あるべき以上の無理を、選手に強いた結果も含まれていたことを忘れてはいけない。改めて欲しいのは、編成の失敗を選手に、特に所詮アマチュアな高校生選手に「身体的に無理を強いる」という構図の気持ち悪さだ。

その気持ち悪さが改まった結果として、引き続きU-18に多くの出場機会が巡ってくるのであれば大歓迎だ。H秋田戦では、平岡翼とのスタメン争いの末に内田宅哉がスタメンを掴んだが、この様な健全な形がより増える事を願ってやまない。

失敗をしてしまう事は仕方ないし、過ぎた今となっては何事も無くて良かったとして次に改善出来れば構わない。逆にいえばこれを「良い失敗」と出来るかどうかは今後次第だ。

と、これだけ振り返った上で始まる、2017シーズンである。


U-23J3参戦とは、年間で得られる出場時間(=経験値)を、選手にどう振り分けるか?のサクセスモードとも捉えられる。

16シーズンからの改善も意識しつつ、さて今後どの様な意図でU-23を戦っていくか?出場機会の割り振りをU-23側に厚くするべきか、引き続きU-18に振るべきか。

FC東京の場合はU-18に多く配分された事がユース2冠へと繋がったが、方やU-23組がそれだけ経験値を得られていない事のマイナス面もあるはずだ。

確かな解は恐らく今後数年は見い出し難いだろうが…そうこう言ってる間もなく2017シーズンが、U-23の2年目がもうすぐ始まる。意図と改善が見える、2年目らしいチャレンジが見られる事を楽しみにしたい。

そんなFC東京U-23 2017シーズンプレビューは、いつか気が向いたときにでも。

「コバショー来年もヨロシク」のお話

FC東京 サッカー

2016年J1リーグ最終節、名古屋グランパスvs湘南ベルマーレの試合はスカパーLIVEで観ていた。同時キックオフでFC東京の試合ももちろん放送されていたけれど、それをセカンドスクリーンに追いやってまでこの試合を優先したわけだから、そこに「FC東京サポとして」以上に「他人事なスケベ心」が上回った事実は否定できまい。実際、そのスケベ心は結果としては十分に満たされたわけだけど。

湘南の2点目に目がいった。

心と身体が機能せずに硬直する名古屋のプレーぶりに既視感を抱きながら。前半の早い時間帯にまず湘南が1点。そして37分の2点目は、名古屋にとっては既にトドメと言っていいものだった。右からのクロスに、左サイドから突っ込んでくる高山薫。右SBを引きずりながらも、上手く出し抜いて前でボールに触る事に成功した、見事なゴールでもあった。

その応対した相手選手、つまり高山薫に出し抜かれた右SBの選手が、他ならぬ古林将太だった。湘南アカデミーの顔であったコバショー。この2点目に、クラブと選手とサポーターそれぞれの運命を感じずにはいられなかった。

そして試合後。

J2降格が決まった名古屋グランパスは、試合後にピッチを一周しサポーターへ挨拶に回った。成り行き上、アウェーゴール裏の前を通り、湘南サポにも挨拶をするグランパスの選手。そこで、TVカメラはゲーフラを掲げる湘南サポーターを映した。 

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色んな事が頭をグルグルしながら、どうこれを咀嚼すれば良いのか一瞬困った事を覚えている。

そして、それと同じ様な事がつい先日また起きた。タマこと三田啓貴FC東京退団、仙台移籍。グルグル。明日は我が身とはまさにこの事なのかもしれない。

 

グルグルと、少し前の事を思い出した。

U-18で全国制覇、大会MVPを獲得したタマは、しかしトップチーム昇格は叶わずに明治大学に進学する。当然「卒業したら戻ってこいよ」とタマを送り出したのだが、それがいつしか「卒業した時に果たして戻ってきてくれるのか?」と不安になる時期があった。

明大サッカー部で輝かしい活躍を見せるタマには、ジュビロ磐田からも誘いがあったらしく、FC東京と磐田とでのタマ争奪戦になった。しかしその当時FC東京はJ2に所属し、沼にハマりかけていた時期でもあった。

タマにとっては、J1ジュビロ磐田に進む方がよっぽど彼の価値に見合うわけで。彼の事を思った時に、ベストな選択肢がFC東京だぞと言い切れない事への、苛立ちというか、観念というか。すごい複雑な感情をあの時は強く抱いていた。

だから、タマが東京を選んでくれた時には、嬉しさ以上に安堵の思いが勝っていた様に記憶する。

そんなタマが、今度は移籍で東京を出ていってしまう。あの時とは逆というか、複雑な感情の通りというか。彼にとって、FC東京が「ステップ」になってしまった事への整理は、正直未だにし終えれていない。

 

コバショーにしろタマにしろ、彼らが湘南を、そして東京をそれぞれ愛し、憧れていてくれた事には間違いない。それはむしろ今もそしてこれからもそうだろう。そこを疑うつもりは一切ない。

ただただ、彼らが選手としての「次」に、愛するクラブは適さなくなってしまった。相応の価値を提示する事が出来なくなってしまった。

そこを例えば、選手が違約金を置いていかなかったからと、ドライに選手を突き放す切り口は簡単だろうし、確かにそれも正しい。それが湘南ベルマーレの財政規模であればより切実だ。

それでもここは一旦堪えて、原因の矢印を自らに向けるとするならば…

愛し、憧れてくれる選手たちの期待に、能力的にも経済的にも応えてやれるクラブとなれる様にと、クラブの歴史を膨らませていく決意を新たにしていくしか無いのだろう。

 

皮肉と自虐が絶妙に効いたあのゲーフラ。2017シーズンは、湘南サポはコバショーにどんな反応を向けるのだろう。「お望み通り、湘南では得られなかった成長を手にしてますかねぇ?」と伺いつつ。願わくば心の底に「あの時よりも憧れを受け止められる位に湘南ベルマーレも大きくなったから、何時でも帰ってこいよ」くらいな想いを抱きつつ。

二冠達成 それでもFC東京U-18は「勝ち続ける」 ユース応援企画 御礼に代えて

FC東京U-18 FC東京U-23

「今」が「未来」の何を保証してくれるのだろう。クラ選優勝を果たす1か月前の「今」では、こんな「未来」は到底予測できなかった。

2016年7月2日、高円宮杯プレミアリーグEAST対横浜F・マリノスユース戦。この試合はまさに、2016年のFC東京U-18の景色を強く映すような試合となった。
前半には、そのポジティブな面が随所に発揮された。FC東京U-18の選手たちは、必要な箇所で相手を圧するパワーを発揮し、またある箇所では相手を俯瞰した冷静さも見せてくれた。個で相手を上回る様子はまさに、今年ならではの特徴と言えるだろう。
方や後半はそんな様子も姿をひそめ、一気呵成のマリノスユースに逆転負け。前半が個で相手を上回ったのであれば、後半は組織で相手に上回られた格好。“チーム”としての脆さ。これもまた、今年ならではの特徴であった。

◇ ◇ ◇

FC東京は今年、クラブとして新たな試み「U-23」を創設した。このことに関して、細かい説明や意義は今さら説明の必要はないだろう。この施策によって、FC東京U-18の景色は大きく変わった。
U-23としてJ3リーグを。U-18として高円宮杯プレミアEASTを。そしてU-18Bチームとして東京都1部リーグ(T1)を。重なり合う階層のそれぞれのタフな環境において、40名の所属選手たちがこれまで既に55試合もの公式戦に臨んできた。
フレキシブルに選手が上下に移動する編成の中で、ある者は1階層上での試合経験を得、それを埋めるようにまたある者が新たなチャンスを掴んでいく。各人の置かれた環境で、選手たちはある意味「出稽古」を重ねてきたと言える。その効果は確実に表れ、それぞれの経験を通して成長した様子が発揮されたのが、マリノスユース戦の前半であった。
しかし、出稽古が増えるということは、他方で選手たちがチームを留守にする時間も増えることを意味する。マリノスユース戦後半に見せたチームとしての脆さ。そこで見えたのは、劣勢に立つFC東京U-18というチームに対し、どこか「他人事」のように振舞う40人の選手たちの様子だった。

そう、クラ選優勝の際に選手も監督も要因として語っていた「一体感」は、この時点ではチームにまるで存在しないように見えた。あの時の「今」、チームとして脆く敗れる彼らからは、クラ選優勝なんて「未来」は到底見えてはこなかった。

それが、むしろ「一体感」で掴んだような夏の戴冠である。
確かに「未来を変える兆し」はその後いくつかあった。それらの兆しに向かって、選手たちが主体的に取り組み、戦いながら成長を続けてきたことは間違いない。もどかしいスコアレスドローのスタートを乗り越えて、ある時はスコアで相手を圧倒し、またある時は関東予選の雪辱を果たしもした。たった1か月でチームとして大きく変わった結果、手にした新たな武器。FC東京U-18の「一体感」は見事だった。

◇ ◇ ◇

しかしそんな、全国制覇してみせた誇らしい「今」ですら、「未来」の何を保証してくれるだろう。彼らが目標に据えた“3冠”を目指す資格は、確かに得ることができた。だが、3冠を達成できるかどうかについては、「今」は残念ながら大した保証をしてくれないのである。
この文章が届く頃は、既にクラ選優勝から1か月以上が経過した後の「今」だ。カップを掲げたあの時に想像した「未来」の通りに、結果が進んでいるのかもしれないし、もしくは真逆に陥っているのかもしれない。ましてやプレミアリーグ再開初戦は、日本で一番「負けた悔しさ」を蓄えたクラブが相手だ。その後には、我々と同じく“3冠を目指す資格を持ったチーム”との対戦も控えている。

果たして、FC東京U-18は「今」も「勝ち続けている」だろうか。

◇ ◇ ◇

「勝つ」ことと「勝ち続ける」ことは大きく違う。
勝つだけであれば、トリッキーな奇襲作戦でも、相手の攻撃を阻む神風でも、その可能性はいくらでもある。10回やって1回しか勝てない相手だろうと、その1回を決勝で掴んでしまえば優勝だ。
しかし「勝ち続ける」となると、そうはいかない。研究し尽くされ、あらゆる対策を施した相手に対し「10回やって少なくとも8回は勝ち続ける」ためには、相手を見極めて己が柔軟に対応するだけの、受けの広さが必要となる。自身の調子の波は、限りなく凹みを作らないように整えなければならない。試合中の思考や心構えも、ただ「勝つ」だけの場合とは段違いだ。何となくぼんやりと試合に入って、そのまま90分を過ごして「あー今日は負けちゃったなー」では、勝ち続ける域には程遠い。
過去、様々な競技においてこの「勝つ」ことと「勝ち続ける」ことの違いに、選手たちは悩まされてきた。自覚的に勝ち続けた選手。気づくことすらなく、ただ無自覚に勝ったり負けたりした選手。それらがリオオリンピックでは特に顕著に表れた。福原愛は卓球女子団体の銅メダルを、前回大会の銀メダルよりも尊いとインタビューに応えていた。それは、ロンドン大会で「勝った」銀よりも、ロンドン大会からリオ大会まで「勝ち続け」て得た銅の方がより重みがあることを実感し、自然と口から出た言葉だろう。それほどに「勝ち続ける」とは、ただ「勝つ」こととは違って、何より苦しいものなのだ。

◇ ◇ ◇

「勝つ」のでなく「勝ち続ける」とはどういうことか。そこに悩み、試し、少しでも近付いていくこと。クラ選優勝を境に、FC東京U-18が据えるべき新たな目標だろう。

「勝ち続ける」ための方法は、まず「勝ち方を一旦捨てる」ことなのかもしれない。人はどうしても成功体験から外れることが怖い。あの時の、輝かしい「今」を守りたがる。知っている一つの勝ち方にすがり続けてしまうのではなく、どれだけそこから変化して、勝ち方を増やしていけるか。マリノスユース戦以降のあの1か月の様に。

今日も、来週も、来年も。そして2020年までに。チームをより変化させ、勝ち続けるためのカギはむしろ、西が丘のピッチに立てなかった選手にこそあるだろう。来年になって自動的に空く席にただ座るのではなく、いま埋まっている席を奪えるかどうかに懸かっている。その先にしか、求める「未来」はない。

苦しい道なのには違いないが、誰もが進むことができる道でもない。その道こそがNEXT STEPだ。次へと進んでいける事が単純に嬉しく思うし、それは選手も同様であると信じている。何故ならば、その先にしか“3冠”はないのだから。

◇ ◇ ◇

「勝つ」ことはできた。次は、「勝ち続ける」こと。勝ち方を守るのではなく、勝ち続けるための新たなチャレンジを。
J3でプレミアでT1で、その難しさにもがき苦しむ選手スタッフの姿。それこそが、全国制覇を成し遂げたクラブのあるべき姿に違いない。

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今年FC東京U-18はクラブユース選手権を制し、全国を獲りました。それこそ8年ぶりの戴冠となるわけで、それだけを見ても分かる通りこれは凄いことです。

ただそうなると、いつもクラ選の後にこうして文章を選手たちに送っている自分としては苦しくなります。ただでさえ凄い彼らに、伝えるべき事が他に何があろうかと。嬉しい悩みなのには間違いないけど、自分みたいな芸風の人間には実際しんどかった!あぁクソみたいな悩み!!

その中で何とか捻り出したのが、上記の「勝ち続ける」という概念です。我ながら良いのを引き当てたなと思っています(自画自賛)。


この「勝ち続ける」という概念。元ネタというかパクリ元は、分かる人にはすぐピンとくるかと思いますが…有名なプロゲーマーであるウメハラから来ています。

勝ち続ける意志力 (梅原 大吾)

「勝つ」ことと「勝ち続ける」ことの違いと、その上でじゃあ如何にして「勝ち続ける」のか。その違いや重みを鮮やかに明確化してくれたこの本は、競技・年代問わずに大きな示唆を得られる内容だった様に思います。

そしてこの考え方が、夏を「勝った」彼らの今にピッタリだったとも。彼らがシーズン当初に「三冠」をぶち上げた以上、そのためにはただ瞬間的に「勝った」だけで留まるのではなく「勝ち続ける」必要があるわけで。「勝った」ことは「勝ち続ける」ことを保証するものでは決して無いし、これからは「勝つ」から「勝ち続ける」へと、スタイルも考え方も変化が必要なのではないかと。

2016 FC東京ユースを勝手に応援企画!。Tシャツを届ける際に、U-18に向けて上記の文書を同封させてもらいましたが、そこにはこんな想いを込めてみました。

 

夏を終えたFC東京U-18は、再開した高円宮杯プレミアリーグEASTをJ3と並行しながらも何とか戦い抜き、現在リーグ2位。自力で優勝を狙える位置につけられた事は立派だったと思いますし、何よりその道中では勝ち続けるための「変化」を伴えていたとも思います。

Jユースカップに突入し、その変化はより顕著なものになりました。その一部は、例えば選手起用にも表れます。

大会期間中は、1試合で最大7名もの選手をU-18からU-23に渡さなければいけなかった日もありました。それは確かに強制的に求められた変化ではあったとは言え、それに応えた選手がいたのもまた事実。荒川滉貴のSH”帰還”に始まり、長谷川光基がCBとして一気に台頭し、決勝では高瀬和楠がGKとして重責を果たした。他にも出た選手みんなが、東京都1部リーグ(T1リーグ)のシーズンを既に戦い抜いている選手たちでした。

こうして掴んだJユースカップという二冠目のタイトル。ここまで変化してみせた上で獲ったタイトルだからこそ、特別に嬉しいし、彼らにはもう凄いという言葉しか出てきません。

そして高円宮杯プレミアリーグEASTも残り3試合、優勝すればさいスタでWEST覇者とチャンピオンシップ。J3も全日程を終了し、最後のタイトルに向けていよいよ、U-18全ての選手がひとつのチームの下に横一線となります。FC東京U-18はここにきて最後の、そして最大の「変化」を迎えます。

もちろんそれは失敗してしまう可能性も十分含んだ、あくまでも「チャレンジ」となります。ただ自分は、このチャレンジが出来る事自体が既に誇らしいです。そして「(U-23から戻ってくるマコやヨシタケ)のポジションがあるかは分からないよ」というカズキ監督のコメントが頼もしくも感じています。Jユースカップ決勝で既に、U-23から戻ってきた久保建英だけでなく、準決勝MOMの小林真鷹が決勝に出場出来なかった事を思えば、そのゴングは既に鳴っていたのかもしれません。


今年ほどU-18に目が向いた年は無かった様に思います。

U-23で全力で戦う姿がサポーターの眼に残っているからこそ、生地のU-18での活躍に「おいちゃん!」と声が上がるし、交歓会でも「マコー」「よしたけー」「波多野なんかやれ~」とヨソイキ感皆無な声もかかる。小平でのホーム試合では安間さんなどのトップチームスタッフや、水沼宏太などのトップチームの選手たちも見に来てくれました。特にFC東京アカデミー出身では無いのに、それでも様子を見に来てくれたのはこれまでもあまり記憶に無いことです。ホントに多くの方に、U-18を気にかけてもらえた様に思います。

その結果も後押ししてか、今年のユース応援企画は過去最多の賛同を頂く事が出来たそうです。賛同頂きました皆様、本当にありがとうございました。

ラスト4試合。これまでに無いクライマックスが今週末から始まります。是非多くの方に見守って頂きたく思います。

「久保建英君」は、日本で成長し「俺らのタケフサ」になった

FC東京 FC東京U-18 FC東京U-23

久保建英君が元々すごい選手だったことは間違いない。ただ、より凄くなっていく「過程」も、自分は日本で見てきたつもりだ。

FC東京には、叱ってくれる仲間がいた。U-15むさし時代、ある試合で自らのボールロストを追いかけない彼を叱ったのは、ピッチ上の仲間だった。それで意識を改めた彼は、直後の同じような場面で今度はボールを相手から奪い返し、そこからのアシストでU-15むさしのゴールを演出してみせた。

中3にして飛び級でU-18に編入された後も、むさし時代からの仲間だけでなくU-18の先輩たちとよく溶け込んだ。ピッチ上では「タケ!」とやり取りしながら。ピッチ外では一緒にビブスやコーナーフラッグ片づけを行いながら。東京都1部リーグを、クラブユース選手権を、そして高円宮杯U-18プレミアEASTを。ゴールを決めればベンチに駆け寄り、仲間と勝利を喜びあいながら。

飛び級での参戦には当然、フィジカルの懸念もあった。例えばJデビュー時には既に180cmあった森本貴幸の様に、彼が立派な体格を備えているわけではなかった。「怪我でもしたらどうするのだ?」周囲からの懸念や多くのご指摘もあったが、そんな外野から言われるまでも無く、現場のスタッフの配慮は既に”丁寧”だった。今シーズンの公式戦通算で「26試合1068分その内フル出場は3回のみ」という出場記録は、U-18監督佐藤一樹をはじめとしたスタッフによる”正しい判断”の賜物だろう。

立ちはだかるライバルもいた。新人戦では、CAセイスラージョスFCトリプレッタ横河武蔵野FC(現:東京武蔵野シティFC)。T1では関東一高・帝京・成立・東久留米総合・実践学園・東京実業。クラ選では千葉SCと予選を戦った。目立つが故に、自分が見た試合では彼に厳しくいくシーンも多くあった。それら全ての本気が、彼にとって経験となり、成長の糧となった。

そんな彼の成長について、個人的に特に印象が強いのはプレミアEASTアウェー市船戦。近年は、正当かつ強烈な圧力を互いにぶつけ合う、見てる側からすればまさに黄金カードと言えるこの試合。そんなU-18年代最高峰のバトルゲームの中で、彼は90分フル出場を果たしてみせた。当たられて倒されながらも、彼は相手を技術でいなし、守備もサボらずやりきった。その上で終了間際に魅せたカットイン右足シュート。飛び級年代への順応と、新たに身につけた日本らしいハードワーク、そして元々彼が持ち合わせていたスキルの煌めき。色々な要素がミックスされたあのプレーは、ゴールこそならなかったが強烈なインパクトとして脳裏に残っている。

そして先週から始まったJユース杯では、これまでの2試合で共に先発出場。終盤でこそ更に守備走りする彼の姿はまさに「青赤印」そのものだった。

 

元々サッカー好きであれば誰もが知っている位の選手である。そんな彼が、ある意味スキャンダラスにFC東京U-15むさしへ加入した事は、様々な人に対して様々なものを否応なしに背負わせる事にもなった。所属選手にも。クラブにも。息子を預ける親御さんもそうだろう。そして些細な事ながらサポーターにも。

バルサからやってきた久保建英君」と、まるで借り物の様な感覚。そんな選手を、果たしてどう応援していけばいいのか?むしろ個人的な感情だけを正直に言えば、これまでむさしで頑張ってきた選手たちと同様に、果たして彼を応援できるのか?とも過ぎったりもした。

しかし、そんなくだらない事を気にするまでも無く、彼はいつしか自然と、誰からにとっても「FC東京のタケフサ」となっていた。

何故そうなったのか?

もちろん彼の実力と結果が周囲を納得させたのももちろん大きい。クラブユース選手権では全ての試合で途中出場ながら5得点、小柏剛(大宮Y)や滝裕太(清水Y)と並んで得点王にもなった。

しかしそれだけではない。つまり、彼が日本に戻ってきてから1年と少しの間で行ってきたのは、日本サッカーへや飛び級年代への「適応」だけではなく、日本サッカー内での「成長」でもあった。得点王などの結果は、決してスペインの貯金"だけ"で成し得たものではない。豊かな土台を基に日本で新たに得たものが、タケフサのプレーから非常に見えたからだ。

彼のスペイン挑戦は多くの大人による尽力のおかげだし、それが彼に大きなものを与えてきたことも間違いない。そしてそんな彼が日本に戻ってきたことで、多くのファン・メディア・ライター・関係者たちが、彼を見ては褒めちぎり、そしてその殆どを「スペインの手柄」としてきた。だが、今の彼があるのがそれだけではない事を、見てる人は見てきたし、少ないながらも形にされてきた。自分もその一端を、前述のように感じている次第である。

 

FC東京が彼を育てた」とはさすがに恐れ多く、口が裂けても言えない。しかし「タケフサがFC東京で育っている」ことも事実だ。そして何より、どんな場所であろうとも、基準を高く保ち努力を続けてきた彼自身の賜物こそが全てだ。

ただ当然ながら、未だにタケフサの未来が「成功」する保証なんてもちろん無い。体格が今後どこまで大きくなっていけるかも不明だし、怪我の不運だって残念ながらあるかもしれない。未来は誰に対しても明るいし、しかし不透明でもある。

だからこそ彼のためにサッカーファンが出来る事とは、余計な喧噪を先入観のままにムダに生むのではなく、いま彼はスペインではなく日本で新米食って「成長」しているという事実を素直に見守ることではないだろうか。あとは、FC東京クラブサポートメンバーに入って、彼や仲間たちにもっと肉と魚と野菜と新米を食わせてやる事くらいだろう。

 

11/5(土)13時KO、対長野パルセイロ戦。巷に流れるニュースや雰囲気から察するに…

 

駒沢陸上競技場にて、U-23への出場機会が巡ってくるかもしれない。


方や、この日はU-18でJユースカップ準々決勝も控えている味スタ西競技場10時KO。相手は宮本恒靖率いるガンバ大阪ユース、説明不要の名門との対決となる。言うまでもなく重要な試合だ。

そのどちらの試合に彼が出場するかは実際のところ分からないが、どちらにしてもJ1の全日程を終えたタイミングで、多くのサポーターが見には来やすい状況ではあろう。このチャンスにもちろん、彼のプレーは見て欲しい。

ただ願わくば、そこでただ見るだけでなく、是非タケフサの成長の過程を見続けて欲しい。11/5だけでなく、Jユースカップは勝ち進めば来週も再来週もある。プレミアEASTもまだ11/27(日)12/4(日)12/11(日)と3節を残し、全部勝てば優勝だ。優勝すれば12/17(土)にプレミアWEST覇者とのチャンピオンシップも控えている。「点」ではなく「線」で見るための機会は十分ある。

彼は決して、スペインからの借り物でもなければ、珍しい見せ物でもない。過程を追い続けていけば、自然と「久保建英君」から「俺らのタケフサ」になるはずだ。

「俺らと一緒に世界を駆け抜けろ!」

多くの人にとって、「久保君」ではなく「タケフサ」となることを願って。長野パルセイロ戦にもし出場するのであれば、そのきっかけになればと思う。ホントに出るかは知らんけど。

短期間で監督を解任する事は悪ではない FC東京の来季監督を考える

FC東京

組織の規模は、トップに立つ人間の器の大きさ以上には決してならない。ビジネス業界では通説の様に言われていることらしいが、ポンコツな自分であろうとその説得力は何となく分かる。上長の能力によって、下位メンバーのパフォーマンスは著しく変わってくるものだし、そのピラミッドが積もり積もって…やはり社長の能力以上に会社が成長していくことは決して無いのだと思う。

そんな不慣れな例えを持ち出すまでも無く、サッカーにおいても監督選びは重要だ。監督の器以上に、チームが強くなる事は決して無いだろう。
そして、FC東京の監督は今後どうするべきか?つまりは、来季以降も篠田トーキョーで行くのか?という話である。


浦和相手に3度戦って全て惨敗したのは、日々の積み上げの差にあることは明らかだった。説明される必要も無く、選手もクラブもサポも、嫌と言うほどに現実にぶっ刺された。だから実感を基に、誰もが「創(はじ)めるべき」だと今は理解している。しかし、それは果たして何を?誰と?そこのプランは未だ曖昧な状態だ。

情けない敗戦を受けて、激情に駆られて無思考に「篠田監督解任」を唱えるのはやり過ぎだろう。浦和戦から学んだ事を用いるのであれば、短期間で監督を変える事の愚は間違いない。特に今年は、風間監督就任5年目の川崎フロンターレが好成績を残している事も、愚の証明をアシストしている。

しかし、だからと言って「篠田監督の在任期間」だけをみて「留任」を唱えるのも、それはそれで無思考でしかない、と自分は思う。


つまり、重要なのは「短期間で監督を解任」する事が悪なのではなく、「短期間で解任しなければいけない程度の監督を選任」する事が悪なのだ。

これは字面としては近いようでいて、その意味は大きく異なる。浦和や川崎は、ミシャや風間八宏が「長期間託すべき監督だった」から託されるべきなのであって、託すべきでない監督を「分からないから」「まだ期間も短いから」という曖昧な理由程度で、重要な役職を任せる事は決してあってはならない。極端な例を出せば、今季の名古屋グランパスでその事を我々は学んだはずだ。

まだ篠田監督は就任したばかりではないか?それだけでは何の理由にもなっていないし、その際に浦和や川崎の例を持ち出すのも、根本的に論がズレている。

短期間で監督を交代する事の何が悪い?その程度の監督を無駄に据えて、我慢して、もしくは程度の判断が出来ないからって、時間を浪費し続ける事の方がよっぽど悪だ。

ただでさえ、大した筋も方針も無いままに選ばれた監督である。J1残留というミッションを達成した今、次のミッションに彼がふさわしいかどうかは全くの別の話だ。

だからこそ、まずは監督の器を見極める事が重要なのである。篠田監督は、来季以降も託すべき監督なのかどうかを。

 

 

…と、ここまでを書き切った上で、ようやく「じゃあ篠田監督はどうなのか?」が自分の中で始められる。とは言え、正直自分の中でも篠田監督の評価がまだ固まっていない部分が非常に大きい。


以前にも書いたが、篠田監督にノレない自分がいるのは確かだ。ただそれは、クラブが筋を違えてきたために生じた、経緯的な違和感によるものが大きい。この部分に引っ張られることでネガティブなイメージも付きまとうが、本来それは篠田監督自身のポテンシャルの問題とは別の話となる。

方や、篠田監督によって鮮やかに成し遂げられたJ1残留。これにはもう感謝しかない。だから自分としても篠田監督は感情的には(ここまでこれだけ書いておきながら)ポジティブな部分もあったりもする。これは恐らくどの東京サポとしてもそうであろう。

それに加えて、篠田監督には池田誠剛の置き土産が課せられたという実情もある。誠剛タイムに苦しめられた状況下での指揮が、果たして篠田監督を評価するのに正しいプレパラートなのか?は非常に疑わしい。

そんなポジティブとネガティブと池田誠剛がベッチョベチョに混ざりあったこの状況が、篠田善之の監督としての能力を測る事を難しくしているから非常に困る。


篠田監督就任後のJ1リーグ2ndステージ・ルヴァン杯の公式戦成績は、13試合で6勝4敗3分20得点19失点。無得点試合が無いのを成果と取るか、失点数の多さを問題と取るか。少なくともJ1残留というミッション以上の成績ではあったと思うし、これが判断の「筋」として強力なのは間違いない。

ただ自分の嗜好だけで言えば、スタメン構成的にバランスが取れない監督は正直好みではない。梶山・草民・河野・翔哉という攻撃的な選手のみを並べた中盤構成は、自分からすれば狂気じみていると感じるし、「その割に守れる」わけでもなければ「それだけ並べただけあって点が取れている」わけでもない。この路線の先に優勝するチームの姿は、今の自分には見えてこない。

方や例えば「新サイクル構築開始による土台作り」もしくは「サイクル移行の過渡期」とすれば、篠田監督は悪くは無いかもしれない。これまで長期間コーチとして支えてきてくれた事で、選手との信頼関係も望める。U-23組を上手く吸い上げながら、クラブ全体として引き続き「立て直し」を進めていくのも、それも1つの選択肢だろう。


結局、色々と考えてみても判断がつかないのは、クラブが長期的な方針を打ち出せていないからに尽きる。今後数年をかけて、こんな新しいサイクル構築をもって優勝を狙います。そのために2017シーズンはこういう方針となります。それに篠田監督が相応しいかどうか。そういう話が一切出来ない。やり様がない。

城福解任、篠田就任でJ1残留に舵を切った時点で、これまで積み重ねてきたサイクルは完全に終了した。そしてJ1残留を達成した今、FC東京に課されているミッションは何も無い。「とりあえず目の前のカップ戦を狙う」なんて、場繋ぎ程度にしかならない。

新監督発表までは行えなくても、篠田監督の続投or終了が今シーズン中に発表される可能性は十分ある。となれば、それは残り2週間足らずの話だ。その際に、今後の新サイクルに関するヴィジョンがセットで表明されることは個人的にはマストだと思う。

もしこのまま1月の新体制発表まで明かされないのだとしたら、これまで書き連ねた通りに篠田監督の続投or終了の是非を判断する事すらできない。そしてサポは11月からの長いオフを、夢も希望も未来も無いままに過ごさねばならなくなる。そんな状況で、例えばSOCIO継続のお願いをするのであれば、さすがにエンタメ商売を舐めているとしか言い様がない。夢も表明されていない未来に、カネなど払える訳がない。

 

これから始まるのはFC東京の新しいサイクルだ。そしてそのサイクルが恐らく、2020の姿を決める事にもなるだろう。その時に、FC東京が如何程のプレゼンスを世界に示す事が出来るのか?そのための猶予は3シーズンしか無い。そんな、重要なスタートが切られないまま今に至っている。

7/26の篠田監督就任から、もうすぐ3ヶ月。ギリギリながらもプランを作成する時間はあったと思う。

トップに立つ人間の器。問われているのは、何も監督だけではないということである。