EAST優勝の可能性も既に潰えた中で、わざわざ異国くんだりまで足を運んで観戦した百年抗争リーグ最終節、鹿島アントラーズ戦。当然モチベーションは底辺ではあったが、EAST1位2位対決だったのもあり、良いサッカー同士の良い試合を単純に楽しむことが出来た(抑え直すが、1位2位対決ではあるが首位”攻防戦”ではない)。
とは言え同時に、自分がDAZN契約すら渋り、百年抗争リーグの試合を全て視聴していないせいもあって、この面白みの全てを味わい切れていないんだろうなぁ……という消化不良感を、強く抱くことにもなってしまった。
どういうことかと言うと、自分がカシマで観た「ピッチ上で起きた事象」が、どういった経緯や裏付けによって発生したのかを『想像』できない。想像するための種を持ち合わせていない。なので、自分なりの理解がパッとできないせいで、もどかしさというか、苛立ちというか……。
例えばどこかの試合で、途中で佐藤龍之介がボランチに配置転換されたシーンがあった。この起用が何を意味するのか、正しく掴めない。
自分には、開幕の鹿島アントラーズ戦を観ていた際に、後半の攻勢の一手としてボランチ龍之介起用を期待したのに、それが選択されなくて「力蔵なんだよオイ」となった身勝手な過去があった。
【公式】FC東京 vs 鹿島の試合結果・データ(明治安田J1百年構想リーグ:2026年2月7日) | Jリーグ公式サイト
龍之介のボランチ起用自体はU-18時代から行われていたので、何も珍しい発想ではない。もちろん本職ではないから、起用した結果、もしかしたら粗さが露呈してしまう可能性はある。けど自分が開幕戦を観ていた限りでは、FC東京は稲村隼翔の加入のおかげもあってかボールも支配でき、優勢に伺えた。1-1の同点の状況、前年チャンピオンとの開幕戦。2ボランチを1枚削ってでも攻撃で威力を増すカードを、切っていい状況に感じられた。しかもシーズン序盤の開幕戦でもあるし、こういうのも今のうちなら”チャレンジ”しやすいでしょう、と。
そんな過去があったせいで、シーズン終盤で実現した龍之介のボランチ起用については、過去何度か同様の起用があった末のものなのか、もしくは今回初登場のチャレンジなのかが重要になってきてしまう。もし、今になってボランチ龍之介が初登場だとしたら、しかも龍之介の移籍がほぼ決まってもいる空気の中であれば尚更……と。
それが自分には分からない。そして、そのことをすぐに理解できないストレスが、自分にとって相当に大きかったことに、このとき気づいた。自分は、リーグ戦を見続ける面白みの『相当な部分』を、こういった箇所に見いだしていたんだなと。いつもそんな見方してるだなんて糞ダルいですね。いいんだ、俺はこういう人間だ(ビッグダディ)。
自分が殊更こういった見方をしているのは、それがリーグ優勝のために必要な観点だと強く信じているからだ。
たとえリーグ最強の11人をスタメンで揃えられたとしても、その11人で90分を戦い切れる訳でもなければ、もっと言えば年間38試合全てでその11人をスタメン起用できる訳でもない。シンプルに蓄積疲労もあるだろうし、怪我による欠場もあるし、カードトラブルも起こり得る。シーズン終盤になればなるほど、阻害要因は複利のように増えていく。
だからリーグ戦を戦い抜くためには、目の前の試合を戦いつつも、未来に向けて「質の高い選択肢」を探り続ける作業を並走しないといけない。11人は、どこかで必ず欠ける。その時に、代わりを埋められるだけの、質の高い選択肢を。工夫なりアイデアなりを最大限に駆使して。その試行錯誤と、また公式戦にねじ込んでいく勇気と。
そうした考えが薄すぎるせいで、例えば東京ダービーで常盤亨太をスタメンで起用できねぇだのと慌てる事態になる。大事な試合であの選択をしたことが問題なのではなく、あの選択しかできない状況に追い込まれていたことが問題の本質だ。問題を避けるのか、あるいは問題に対処できるように備えるのか。複数のアプローチがあったはずだし、それらを用意していないから、こういう事態を招くことになる。端的に言うと『行き当たりばったり』。
「リーグチャンピオンは"瞬間最大風速"で決まるものではない」。
もしくは、瞬間最大風速を維持しようと考えるには、38試合の年間リーグは長すぎる。年間持たせることを考えたら、場合によってはその最大瞬間風速の「出し方」は間違っている、という話にだって、なるかもしれない。様々な考えを巡らせるようになれれば、目の前の試合に対する迎え方は、本来もっと変わってくるはずだ。
思えば百年抗争リーグに全く興味を持てなかったのは、18試合だけの半年リーグだったことが殊更大きかったのかもしれない。言ってしまえば、半年リーグであれば、瞬間最大風速だけで押し通せる可能性があったのかもしれない。……し、やっぱり無理なのかもしれないし。
その度合いが、シーズンを迎える前には正直よく分からなかった。シーズンを終えてみて、結論どうだったのかも、やはりよく分からない。ほらね、やっぱ無理だったでしょ、という気はしているが、いかんせん百年抗争リーグをちゃんと見てないから説得力が無い。
自分はもう'25時点で既に力蔵監督の能力上限を測り終えている(=見限っている)所詮アンチな人間だから、今回の百年抗争リーグでの結果・内容が、彼の能力評価をポジティブに改めることは決して無い。ただ、逆もまた然り。ネガティブにも別にならない。何も変わらない。
それを自分の理屈内に落とし込むとするならば、やはり年間リーグと半年リーグとでは、あまりにもバトルフィールドが違い過ぎる。参考にならない。
シーズンレビューでも書いた通り、百年抗争リーグで表現されたサッカーは、これまでとは方向性から異なる別物だという評価をしている。
年間リーグ戦であれば到底「保たない手法」のように感じてはいた。けど、半年リーグであれば成立するかもしれない。今回の結果を見る限り、実際には成立しなかった、ということになるんだと思うけど、それはあくまで丁半博打の結果に過ぎず、もう一度同じサイコロを振ってみたら出目は変わるかもしれない。結局、今回表現されたものが正しかったかどうかは、半年リーグの経験値が無さ過ぎるせいもあって、何だかよく分からない。
よく分からない、で終えていいんだと思う。だって百年抗争リーグは、今後もう行われることが無い”はず”なのだから……。
何も百年抗争リーグが無駄だったと言いたい訳ではない。瞬間最大風速が見れたこと自体は、長い目で見れば進歩には違いない。
稲村隼翔のおかげで「CBが持ち出して運べることの効果」を、常盤亨太のおかげで「ヘソを経由したビルドアップ」を、その他諸々を学べた。サポーターからすれば、ひとつの共通認識、基準が生まれたことは大きいだろう。
ただ何度も言うように、それはあくまで一つの瞬間最大風速に過ぎない。改めてこれを学ぶ26/27シーズンとなるのだろう。
年間リーグを戦うためには、瞬間最大風速ばかりを追いかけていられないこと。瞬間最大風速ばかりを再現し続けようとしても身が保たないこと。年間リーグをサステナブルに戦い抜くために、その瞬間最大風速の出し方自体の変更が必要になるかもしれないこと。属人的なままでは穴を埋める選択肢は増えないこと。選手ガチャを回し続けても、ストライクゾーン激狭シンデレラフィットばかり求め続けていたら、幾らカネを費やして回し続けてもキリがないこと。
そんなバトルフィールドの違いを果たしてキチンと切り分けられるのか? それは、所詮半年リーグ4位程度でしかない瞬間最大風速を、過剰に持ち上げることなく、無駄に引きずらないこととも言える。選手が。監督が。何よりサポーターが。
今シーズンのDAZN再加入、どうしようかなぁ……。