P.S.元気です、丸山祐市。

いちFC東京サポとして、彼の帰還は悩ましいものでもあった。
貸出先である湘南ベルマーレでの活躍は、十分すぎるほどに伝え聞いていた。空き時間にたまたまスカパーで湘南の試合を観ると、チーム全体が攻撃的に縦に紡ぐ中で、丸山は3バックセンターでオールスイープなプレーぶりが見て取れた。勝ち点101は圧倒的な稼ぎぶり。丸山はその年、チーム最多出場時間を果たしている。

そんな彼を「いち選手として」思うのならば、2015シーズンも湘南ベルマーレに残るべきだっただろう。内容実績、共にこれ以上ない成果を手にし、堂々とJ1に再度挑む2015シーズン。これほどに最高な「助走」をもってJ1で出場機会を得られるというチャンスは、誰しもに与えられる様な代物でもない。出場機会を求めてあえて外に出た彼の、本来の意向を軸にして考えれば…湘南に残るという選択肢は至って普通のチョイスだっただろう。

しかしそれは裏を返せば「いちFC東京として」は、丸山祐市という選手をクラブに戻すことは「最優先ではなかった」という事実も意味する。保有権を持つFC東京としては、選手の意向を優先してくれて「別に構わない」という姿勢だった。

もちろんこれは、あくまでも自分自身の個人的理解ではあるものの、大きく外れてはいないとも思っている。FC東京2015のCB陣容は、絶対軸としての森重真人の相方を、イタリア人CBカニーニと、昨年出場機会を確保し飛躍した吉本一謙とで争う状況。丸山はそれに続く4番手であり、かつ5番手としてU-22代表の奈良竜樹をレンタルで迎えている。J2で無双の強さを発揮してきた奈良は本来、5番手としては手に余る程の人材。そんな選手をクラブがそれでも確保したというのは、丸山を失った場合に向けての対策の意味が強かっただろうし、またその打ち手としてはこれ以上ない「万全」なものでもあったと言える。丸山はまず、4番手を守る戦いを奈良と争う立場であった。これは同じJ1クラブである湘南ベルマーレで想定される序列とは、雲泥の差であった。

それでもFC東京復帰を選択した丸山。こうして、丸山祐市の2015シーズンは始まった。


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開幕節、対G大阪戦。

FC東京のスタメンは、CBは森重とカニーニのコンビ、そしてサブスティテュートに吉本という布陣。このとき実は丸山もベンチ入りをしており、実際に途中出場もされている。当初の想定よりはよっぽど早い出場機会のように思われかねないが、事の真相はプレシーズンでの怪我によりそもそもこの試合の出場すら危ぶまれ、実際にHTで負傷退場してしまう太田宏介の代役としての出場だった。CBとしては4番手だった丸山はLSBとしては2番手と位置付けられ、以降も日本代表としての活動で穴を空けがちな太田宏介の穴を埋める形で、J1では途中出場、ナビスコ杯ではスタメンと、あくまで丸山祐市はLSBとしてシーズンを戦っていく。

そんな丸山祐市のプレー評価は個人的には高くはなかった。何てったって、比較対象はマッシモトーキョーの戦術軸たる太田宏介。左足のキックが武器なのは両者共通ではあるものの、ゴールへ向けての「起点」として機能する丸山に対し、太田は「起点」にも「終点」にもなり得る逸品である。丸山自身も、相手陣地深くをえぐって「体幹をねじる」蹴り方にはあまり慣れておらず、いわゆるSB的なる蹴り方に不慣れでもあった。その分、守備で太田と違う長所が出せれば良かったが、その守備でも大きな差は付けられず。相手のボールに食いつき過ぎて安易に裏を取られるシーンが頻発し、丸山の左サイドから決定的なピンチは止まらなかった。

昨年の湘南での成果による期待の高さ。方や慣れないポジション、独特な守備戦術と、なかなか期待には応えられず。どうも難しいシーズンが続きそうだな…

日本代表に選出されたのは、この延長上でのことだった。難しいシーズンから抜け出せていない状況には変わらず、そんな中で選ばれた最高峰の称号であった。


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丸山が日本代表に初選出された際に、自分の見る限りではあるがFC東京界隈としては嬉しさと同時に「本当に丸山が選出されていいのか?」という気持ちも多少混じっていた様に感じる。それに比べて、湘南ベルマーレ界隈では「そらそうや」と納得の表情。この差は果たして何だろう…と考えると、それは「加速度を体感してきた違い」の様な気がしてならない。

愛するクラブを追いかけ続けるサポーターのみが得られる極上体験にはいくつかあるが、そのうちの1つとして「応援し続ける選手の成長加速度にしがみつく楽しさ」というのがあると思う。

応援する選手が「いま凄いかどうか」も大事ではあるが、サポーター観点での楽しみに限定すると、選手の今の絶対値の大小よりも、短期間でグッと「凄くなっていく」その加速度こそが重要になってくる場合が多い。選手の成長に、サポーターが振り切られてしまいそうな感覚。1試合1試合、追いかけ続けるごとに増す楽しみ。FC東京であれば、それは長友佑都であり、武藤嘉紀であり、今シーズンでは橋本拳人などになるだろう。選手の加速度にしがみつきながらも、さらなる後押しでそれを促していく。好循環の疑似体験を重ねることで、サポーターはその選手をさらに「特別な存在」へと高めていく。

そう、丸山祐市という選手では、我々はまだその体験がハッキリと出来ていなかったのである。4番手、5番手としてスタートし、至って平均的なLSBでのプレーぶりを眺め、しかしそれが序列としてはCB2番手にまで駆け上がり、日本代表にまでなった。それなのに、である。

言ってしまえば、そこに丸山の成長加速度は無かった。ナビスコカップでCBとしての慣らし運転はあったもののLSBとしての勘定だったのには変わらず。J1では2nd第4節鹿島戦でのLSB→CBスクランブルコンバートをもって、ようやくCBとしてのをスタートを切ったレベルだ。そこから一ヶ月経たないうちの代表選出。確かにハリルホジッチが視察に来た2nd第7節G大阪戦は出色の出来だった。しかしそれだけだ。日本代表選出に納得するだけの実績を、CB丸山はまだまだ「味スタで積めていなかった」。

方や湘南は違う。昨年、平塚で積んだ実績がある。チームの成長とともに、加速度を増して丸山もまた成長してきたことを湘南サポーターは知っている。あの日の日本代表選出のニュースを、真に納得を持って迎えられたのはもしかしたら、丸山にしがみつく楽しさを昨年存分に味わった湘南サポーターだけではないだろうか。

それが、FC東京サポーターとして、自分はたまらなく悔しくもある。サポーターとしての極上体験を、湘南ベルマーレのサポーターに大部分を譲ってしまっている事実に気づかされた瞬間でもあった。


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FC東京としては、それこそクラブが想定する以上にここまで育ててくれた湘南ベルマーレに「ありがとう」という気持ちであるに違いない。しかし、FC東京サポーターとしては単純にそうとまでは言い切れない。成長"していた"丸山を応援できる嬉しさと、逆にその過程を味わいきれなかった事への微妙な感情が入り交じる。もどかしさというか、羨ましさというか、貧乏精神というか。

だがそれが所詮ifであること、そしてそのifは限りなく有り得なかったであろうこともFC東京サポーターは心の底で理解をしている。あのまま、丸山祐市FC東京に居続けたところで、今の丸山祐市が無かったことは明らかだ。違う環境、違うサッカー、違う仲間に触れること無しに、今の丸山祐市は有り得なかった。しかもそれは馬入グランドであり、チョウ・キジェ監督が中心となり掲げるあのスタイルであり、たのしめているサポーターがあってこそだった。言い切ってしまえば、丸山祐市が日本代表に選出されたのは、湘南ベルマーレのおかげである。

今となってはそれを素直に認められるのも、今シーズン終盤に向けて、丸山に新たな加速度の兆しが見えてきたからだろう。

代表選出後のCB丸山の活躍は目を見張るものがあった。彼にとっては早すぎた肩書に、プレーの質が追いついてきた印象が強い。2nd第16節柏戦では、緊張のシチュエーションの中でも万全のカバーリング力でウノゼロに貢献してみせた。中盤でのボール捌きを森重とともにサポートする役割として、縦にサイドに左足を振りぬく捌きも発揮しつつある。

今では吉本一謙を3番手に追いやり、堂々のCB2番手。そんな丸山を今の我々は、W杯予選に向けた日本代表23人として胸を張って送り出す。代表に選出されるだけでなく、試合出場、そしてスタメン定着という「先」を見据えて。そんな希望を抱かせてくれる「FC東京での成長加速度」が、いよいよ始まった気がしてならないのである。

今度は、我々FC東京サポーターが湘南サポーターに「教える」番になるだろう。ひとつふたつ成長した丸山祐市を来シーズンJ1の舞台で観れることを、湘南サポーターには是非楽しみにしていて欲しい。