【書評】月刊トレーニング・ジャーナル2014年3月号 特集「膝の怪我に負けない」

サッカーの神様など居やしない。

そう確信する所以は、無くなることのない「膝の怪我」の多さからだ。

FC東京だけで見ても、ざっと挙げて石川直宏米本拓司森重真人梶山陽平、さらには大竹洋平や、それこそ奥原崇まで。膝以外も含めていけば、苦い歴史はキリがない。

プレーを見せることで成立する「プロサッカー選手」という仕事を、ただ邪魔する存在でしかない「怪我」。特に、プレーの根幹となる膝の怪我ともなると、長期離脱もさることながら以降のプレーにも影響が出てしまいかねない。それは本人のみならず、華麗なプレーやひたむきな走りをずっと見続けていたい我々サポーターにとっても大きな損失。怪我という『不幸』を忌み嫌い、不幸が起こるたびに、サッカーの神様なんか居やしないんだと吐き捨て、絶望する。

しかし、それらの怪我は不幸なんかではなく「究極は怪我した選手自身が悪いのだ」と断じているのが、今回紹介する雑誌である。


月刊トレーニング・ジャーナル2014年3月号。特集は「膝の怪我に負けない」。

まずは序論にて膝の怪我に関する基礎的な知識を補充すると、いよいよ本論。表題の通り、いかに膝の怪我に負けないかといった話に入る。

一般的に、怪我をすればまず手術なりで治療をし、完了後、通常の動きを取り戻すためのリハビリテーションに入る。怪我した箇所をカバー出来るくらいに周囲の筋力が鍛えられれば尚良し。長い期間をかけた地道な積み重ねを経て、選手はようやく復帰することが叶う。

という、よくある話の詳細が読めるのかと思いきや、読み進めていくとそうではない。


忌まわしき前十字靭帯は本来、200kgの荷重程度までしか耐えられないものらしい。それでは、強烈なフィジカルコンタクトが伴う様なスポーツのみならず、単純なストップ・アンド・ゴーやスピードを伴った旋回動作、ジャンプ動作から着地までの一連程度でも簡単に達してしまいそうなのは容易に想像がつく。膝の怪我が起こりうる要素は、実はどんなスポーツの中でも頻繁に起きていることが分かる。

それでも損傷すること無く膝が正常に機能するのは、正しい動作を行うことによって、「身体のしくみ」がその負荷を助けてくれているからだ。

着地時の膝の曲がり方は正しく90度となっているか、その際に上半身は背筋よく前傾姿勢を保てているか。つま先は正しい方向を向いているか。こういった細かい動作一つ一つを突き詰めていくことで、身体のしくみは最大限に活用され、結果として膝を守ることになる。


そのための具体的なトレーニング例は、さすがに指導の現場と関わりのない自分には事細かい理解は必要ないのだけれど、写真にて説明されているそのトレーニングの様子は、そういえばFC東京の練習レポートで良く見る光景に瓜二つだった。

そう、12年に竹中フィジオセラピストを、13年に山崎コンディショニングダイレクターを招聘したFC東京では、まさに今こういった取り組みがされているのだと、ここで話がつながる。

特に山崎CDが入った13年シーズンは、選手の大きな怪我もなく過ごすことが叶った年だった。これが、山崎CDを始めとしたチームの取り組みのおかげ「なんだろうな」とは何となく思えても、実際にじゃあ彼等は何をしたの?本当にそのおかげなの?とは分かり様がなく、外野としてはもどかしい部分も多かった。しかし今回の特集と併せて読み解けば、それが「膝の怪我を防ぐための身体の使い方」を選手に染み込ませていたのだということがよく分かる。


ここまで読むだけでも、こうした取り組みがいかに細部を求められる代物か、また時間をかけて行われ続けるべき物なのかが想像出来るはず。トレーニング・ジャーナルに記載されていた言葉を引用するならば、これは「歯を磨く様に続けていかないといけないこと」なのである。

何より、選手の意識。これらは怪我予防のトレーニングであって、「サッカーのトレーニングではない」。故に、意識が求められるし、意味が理解できずにトレーニングをサラッとやっつけてしまいかねない。だから選手は怪我をしてしまうのだと特集では語られている。この辺りのマインドセットは特に、雑誌を直接手に取り、是非全ての選手に読んでもらいたい。怪我予防トレーニングを指揮するトレーナーからの熱い思いを受け取ることで、意識が改まる部分が必ずあるはずだ。それによって怪我の予防に少しでも繋がり、怪我に邪魔されること無く競技人生を全うする事が出来るのであれば、その価値は非常に大きい。



膝の怪我を、不運とただ呪うだけではなく、防ぐためにもう一歩深くを知る意識。サッカー選手の前にいちアスリートとして、身体のしくみをよく知り、対話し、正しい動作を身につける。それによって怪我を減らす。

これらのリテラシーが、見る側の我々も含めてスポーツ業界全体に浸透していけば、今よりも少し幸せになれるのかもしれない。

月刊トレーニング・ジャーナル2014年3月号
2014年2月10日発売 定価735円
◇B5判 98頁 無線綴じ 本文12級横組


特集 膝のケガに負けない

スポーツ現場において起こりやすい膝のケガ。まずドクターの入江氏に概要をまとめていただいた。大見氏には理学療法士の立場、守屋氏には指導者の立場からケガを防ぐ取り組みと信念を伺った。さらに、トレーニングコーチの弓場氏とトレーナーの武政氏がどのように協力しながら指導に当たっているかをご紹介いただいた。アプローチはさまざまだが、傷害予防・早期復帰という目標は同じである。

1 ACL損傷だけは絶対に避けたい
入江一憲・日本体育大学教授、医師

2 スポーツ傷害予防チームでの取り組み
大見頼一・スポーツ傷害予防チームリーダー、日本鋼管病院リハビリテーション理学療法士、保健医療学修士

3 選手の可能性を拡げる身体づくり、動き方
守屋志保・江戸川大学社会学部経営社会学科准教授、女子バスケットボール部監督、スポーツ科学博士

4 動きの多様性がケガの予防につながる
弓場大士・ワイズ・ワークアウト代表、CSCS、JATI-ATI
武政あや・ワイズ・ワークアウト、CSCS*D、全日本女子バレーボールチームトレーナー

連載

●トレーナー自身の経験したアキレス腱断裂──4
順調に進むリハビリテーション
上村 聡・日体協AT、鍼灸マッサージ師

●コンディショニング Tips──8
ウォーミングアップ
大塚 潔・ヤマハ発動機ジュビロコンディショニングコーチ

●投稿
スポーツ関連突然死を減らすための教育活動(2)
細川由梨・Korey Stringer Institute、コネチカット大学キネシオロジー学部博士課程1年

●投稿
ケトルベル世界大会(ロシア)に出場して
後藤俊一・友整骨院院長、RKC公認ケトルベルインストラクター(RKC2)、ロシアKetAcademy認定インストラクター

●Special Report
東南アジア大会(South East Asian Games)レポート
澤野 博・ユニット代表、フィジカルコーチ、CSCS、NSCAジャパン南関東アシスタント地域ディレクター

●身体言葉(からだことば)に学ぶ知恵──52
背水の陣
辻田浩志・腰痛館代表
イラスト/佐伯マスオ

●スポーツ医科学トピックス──42
ドーピング
──出るならヤルな、ヤルなら出るな(5)
川田茂雄・国立長寿医療研究センター研究所流動研究員、早稲田大学スポーツ科学未来研究所招聘研究員

●メールで語る井戸端会議──子育てと仕事──72
帰省してペースの違いを認識
桜井(寅嶋)静香・北海道教育大学特任准教授
伊藤句里子・東京有明医療大学非常勤講師、アスレティックトレーナー

【その他の連載】
●ある一日/選手が力を発揮する場をつくる(大会競技・運営役員スタッフ(そり競技)、郄家 望)
●ON THE SPOT/現場から
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