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プリズン・ブレイク レビュー -浦和戦

FC東京

試合があったのが日曜日。

ビデオを見直したのが火曜日。

そして書き始めて…

そんな今この段階でも、イライラはおさまっていない。とてもじゃないけど試合直後の挨拶では拍手も出来なかったし、そそくさにスタジアムから出てやったし、埼玉高速鉄道にカネを落とすのも癪だったから東川口で降りてJRで新宿まで向かったし、当日は変な突っかかり方をしてしまった事もあったかもしれない。良きにしろ悪きにしろ、感情がある程度落ち着いてから書き始めたいなぁと考えている当ブログだけど、結局おさまることは無かったね。ビデオ見ればまた違う面が…とも思ったけど劇的に変わったわけでもなかった。ニュアンスは現場での感想と変わらず。


シュート4本のサッカーを評価する気は微塵も無いです。例え10人になっただの10人以降は云々だろうとも。それらの全てが吹っ飛ぶのが「シュート4本」という事実であると。

4本サッカーとなってしまった原因は、浦和の31番岡本拓也の登場以降に読み取ることが出来たと思う。

岡本は現在高3のユース所属選手。プラチナ世代のDFとしてウチの廣木とかと世界を戦った有望選手として二種登録。そしてこの試合で初出場を果たした。元々平川の位置で先発も予想されていたくらいにフィンケ監督から評価されていて、今回の起用も1-0という決して余裕のあったシチュエーションでない状況、平川の負傷というスクランブルでの投入ということで、戦略的な、またそれ以上にフィンケ監督の信頼を背に岡本は初めてのJのピッチを踏んだ。

そんな岡本を、何故突けなかったのだろうか?正直に、この中では岡本は穴だったはずだ。

元々ユースでの岡本のプレーぶりにあまりいい印象のなかった自分。重松を抑え切ってみせた岡本よりも、マリノスユース小野裕二にチンチンにされた岡本の方が記憶に残っている様なご都合脳な自分。懐疑的な目ってのは、それは確かに前提としてはあるんだろうけど。

しかし単純に、そういうの抜きにしたって、デビュー戦の選手を狙うってことをしないかね?しかもこうも簡単ではないタスクを背負って投入された選手でもある。どんな選手であろうと入りが難しいこのシチュエーションの中で。こちらとしては、こじ開ける上での狙いの一つとして。実際に赤嶺のあのゴールの場面で緩く対応したのは岡本である。ジャッジに助けられたと胸を撫で下ろしたシチュエーションだったはず。

それが、岡本のチェックを背負って簡単に倒れる東京の選手。岡本と1対1になる場面で、変わらずにボールを失わないことを先決とし後ろに返す東京の選手。

やはり、どっかで相手を打開しないといけないわけである。1対1、個の力、なんて常套句は使いたくはないけれど。相手陣形、ブロックをどこかで突破しないと。それが出来ずに「相手の檻の中でサッカーをしている」状態。ドリブルなり、パスなり、ランなりで、どこかで檻の中から脱出してみせないといけなかった。

加えて岡本という格好のクラックがあったわけだ。岡本の実際の能力がどれくらいか?ということ関係なく、脱出したい、その為にどうすべきか?どこを狙うか?という発想があれば、狙いは自然と岡本に向くだろうという話。しかしそこで岡本を狙わなかったということは、脱出を狙わなかった、脱出することよりも「相手に簡単にボールを渡さない」という城福東京の基本趣旨の方が優先されたということだと、自分は思っている。

自分が見た範囲内だけの話をするならば、攻撃の形として、城福監督は北斗・松下に中央に絞っての顔出しを求めていた。中で受けた上でSBの上がりに展開するプレーが出ると褒めていた。これが城福東京の一つの狙いとするならば、両SB長友・椋原は効果的にサイドから突破するなり、しなくても有効なクロスをあげることで(全体的な意味での)突破を図らないといけなかったはず。

また、そもそも打開のポイントがこのSBの部分のみだったのだとしたら、それは自分が知っているMOVING FOOTBALLではない。達也は自分の良さを活かすためにどう動き、どう叩き、どう自分の良さで勝負すべきだったか?平山も、松下も、北斗も…全ての選手が、それぞれの工夫で突破を本当に図ったのか?

とにかく、檻の中から脱出出来ないサッカー。岡本というクラックがあっても脱出しようとならないサッカー。その結果のシュート4本。シュート4本なんて結果、構造的精神的に明らかな間違いがなければ出ないスタッツだろう。自分はこれを非常に重く見ている。


加えて守備。

現地で見る限りでも後手後手になっている事が気になってはいたが、ビデオを見るとそれがただ相手の前に立って牽制する程度のレベルでしかなかった事が分かった。後手後手って事は、相手の出たトコ次第で寄せに入るタイミングであり、寄せ「切る」ところまで行かないうちに相手は既にボールを離してしまう。その連続。これではボールは奪えない。

それらは結局プレスにも統一の狙いがされていないという事でもある。ここで取るって形が明確にあれば、自ずと始動は早くなるはず。もしくは「読み」。流れを読んで先回りして狙い、寄せる。ただこれはチャレンジの域でしかないから組織上嫌いたかったのかもしれないが。しかし、どちらにしても寄せ切って、奪い切るまで行くためにはかなり速くに始動しなければならないはずだ。身体を合わされる前にボールは目の前の当人から離れ、コロコロ転がる浦和の選手に身体を当ててしまったらそれはファウルだ。PKにもなるかもしれないし、下手すれば退場してしまう場合もあるかもしれない。

それらは開幕戦でも匂いはあったわけで。CBが目立ったってのは、その前のフィルターが機能しなかった事に他ならなくて。まぁみんな分かってたし、ボランチコンビが急造だったのだから仕方なくもある。しかし、やっぱり甘くはなかったという事。見識の甘さに自分も反省せねばなるまい。


この試合に向けても、城福監督はいろいろ策を考えていたらしい。聞くところによれば「エスクデロに平松がマンマークで付く」形も準備はされていたとのこと。そういった諸々の想定は森重の退場によって水の泡となったが、そこから10人でいかに報いてやるか?という采配に関しては間違いはなかったというか素晴らしい采配だったと思う。SBに松下を降ろしてベッカム的に平山めがけてクロッサーに徹する姿なんかは様になっていた(様になってしまった不幸もあるが)。この試合ボールタッチも思考も最低レベルだったと言わざるをえない鈴木達也を交代枠上残さないといけなかったことは、勝敗を決める上では不幸だったが、「アドリブ采配に難がある」と考えていただけに城福監督の采配は結果は伴わなかったが良かったと思う。

だからこそ、もっとベーシックな部分。

守備は奪い切る部分が甘々だったし、攻撃では檻の中から脱出しようとする部分が構造的にも意識的にも、余りにも無さすぎた。正直に、積み重ねってのを感じれなかった出来。10人になっても、選手を動かしても、格好がついたというのは積み重ねとは言えないでしょ。その結果がシュート4本だぜ?「俺たちの積み重ねた成果はシュート4本です」なんて、とても恥ずかしくてオレは言いたくないし認めたくない。

そしてそのベーシックな部分ってのが、そもそも梶山米本のボランチコンビからの話であり、その応急処置の積み重ねの果ての、今回の試合だったのならば。腹括って、ベーシックな部分を取り戻すための「選手起用」が次節は必要ではないのか?ってのが自分の考え。


週末を睨んだTM栃木SC戦では実際に数名の選手の入替があった、ということを、だらだらと水曜日にこれを書いていた「おかげで」知ることも出来ている。あの試合での、あの達也の出来ではとてもじゃないけれど次節スタメン起用なんてさせるわけにはいかない。達也のスペシャリティ、それを周囲も『本人も』見失っている状況ではスタメン剥奪されて然るべきだ。加えて、方や赤嶺真吾が好調の気配を醸しているのならば尚更の話。赤嶺が前線で身体を張り、平山が衛星的に、それこそトップ下のように動きボールを納めることが出来れば、攻の部分のベーシックレベルにまた光明を見いだせる。シーズン前プレビューで書いた赤嶺への期待があるだけに、それも含めた「ベーシックの再構築を狙った大改造」を次節には期待したい。

相手の檻の中で、ボールを相手に渡すのを怖がっているサッカーはもう見たくない。そのくせ、下らないミスで簡単に相手にボールを渡してしまっている現実ももう見たくない。誰かがやらねばならない。誰かが突破しなければならない。

次節は、鮮やかな脱獄を見せてくれ。