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岡田武史への批評の仕方でバカがバレるから気をつけた方がいいよ

W杯イヤーですね。楽しみでたまりませんね。

「我が国のサッカーは、こんなに凄いんだぞ」「こんなにもハートが強いんだぞ」「見たかアノ選手!あれはFC TOKYOのナオって言うんだぜ!」twitter上で全世界に向けて自慢する事の優越感なんて…考えただけでゾクゾクする!方や、お粗末なサッカーを全世界のサッカー馬鹿に晒してしまった暁には、「せっかく眠い目こすって楽しみにしてたのにこんな糞サッカーでゴメンな…」と、まるで日本まるごとレイプされたかのような屈辱にまみれる事に…そんな4年に1度の品評会。サッカー馬鹿が世界に胸張って自慢出来る大舞台としての楽しみ。

しかし、それらがW杯に向けての正当な楽しみ方だとするならば、そうとは違う、ちょっと自分の想定の多少ナナメ上な楽しみも昨今は生まれつつあります。

それを生み出しているのは、そう、我らが日本代表監督岡田武史氏ですよ。

ご存知のように岡ちゃんはかなりの嫌われ者。前任者のオシム氏のその異様なほどの人気っぷりとの反動からか、もしくはそのルックスの悪さのせいなのか(これがギャグでない、ってのを後述)、岡ちゃんにまとわりつく批判は数知れません。

ただ、別に批判があるだけならばそれは別におかしな事ではないでしょう。日本だけでなくどの国においても、その国の代表チームを率いる監督っていうのは批判に晒されるものです。的を射たものから、言いがかりに近いものもあるでしょうが、批判があるってのはむしろ当然だとも言える。無限の正解がある、サッカーというスポーツの本質的な部分から見ても。

けど残念ながら、その批判の質で、その国の程度は知れてしまうというもの。


例えばfoot!を御覧の皆様ならば、もうマリーニョ氏のドゥンガ代表監督批判はお腹イッパイだわ勘弁してくれ…って人が多いのではないでしょうか?foot!でブラジルパートの回だと「あぁ今日はハズレ回…」と仰る方すらいる(自分はそのうちの一人と言えます笑)。今やドゥンガは(W杯予選ですが)結果を残した監督です。その実績が世論の批判的な声を押さえ込むまでに至ったとは藤原清美氏も仰っている。けど、それでもマリーニョ氏のドゥンガ監督批判は緩むことはない。

じゃあとマリーニョ氏の言葉に耳を傾けると、その辺り、実績も強さも重々理解しつつも…それでも古き良きブラジルの伝統、ブラジルらしいサッカーへのこだわりを捨てるわけには行かない。その点でブラジルらしさを捨てたドゥンガを許すわけにはいかない。そんなニュアンスでの批判を続けているような気がします。

ただ自分はこれは、歴史に裏打ちされた輝かしすぎるほどの実績と、またそれをベースに育まれた「サッカー王国のプライド」ってのが背景にあることを理解出来るだけに、これはしょうがない、むしろ外野がワーワー言えることでもないんだろうな、とも思えてしまいます。事実、その伝統のブラジルサッカーへのこだわりと、それによるドゥンガセレソンへのアンチテーゼ的なものは、サンパウロFC U-12のコーチの方もそれに近いニュアンスの事を仰られていた。伝統のブラジルサッカーの「根付き方」を思うと、これに拘る事もまたひとつの正解なんだろうな、という説得力に溢れてしまうわけです。

というブラジルでの背景をなぞったところで、ここから本当は日本人の「ムダに美しく勝ちたがり」な思考にバッカじゃねーの!と言ってやりたい、そんな展開に持っていきたいところなわけですが、こうなるともはや脱線著しくなるので今回はパスして本題に戻ります。


さて、じゃあ日本では、サッカー日本代表では、岡田監督に対しては、果たしてどんな批評がされているのか?という事を考えると…もうガッカリするというか無茶苦茶というか。

例えば、今の時代で平気で「MFはドリブル出来る選手を選べ!」とか言っちゃう訳です。発想が古いぞ!個で勝負出来ないからパスで回そうと、組織的に戦おうと言ってたいつぞやの時代のいつぞやの正解はどこに行ったんだ?と。「DFは守備力のある選手を」当たり前やろ!「マッチメークがショボくなったのは岡ちゃんのせいだ!」もはや言葉が出てこんとです…

これらは実際に自分がブログ等で見た意見の数々です。わざわざリンクを張るなんて事はしないけど(まぁ、そりゃ、ブクマはしてるけどさ…ごにょごにょ)。共通して言えることは「スポナビブログだって事」ですね(笑)

まぁブログですから、個人の意見を自由に吐き出すための、あくまで自分のためのものですからそれでいいんですよ確かに。自分がやっている事と、差は何もない。ただ、自分がここでマズイと思うのは、日本のサッカーを愛してくれているような、いわゆる「サカヲタ」がこの程度の見識で大丈夫か?ってこと。ただでさえJリーグを中心として、日本サッカーは大部分のサカヲタと一部の「ヲタに強引に連れてこられてきた人」によって支えられているってのに、そのサカヲタがこれで大丈夫か?って気になってくるのです。ヲタとして、この程度で。

しかし、それらは素人だから、っていう但し書きに逃げることがまだ出来る。

同程度のバカっぽさを、サッカーを批評することで飯の種にしている物書き様まで爆発しているのだから何とも香ばしいわけですよ。


前兆は先日の高校選手権からあった。

やれバレンシアだのやれフィテッセだの、海外で学んでくるのは結構なことですが、その己の正解を押し付けることの迷惑さ。人と向き合う選手育成の中で、人に向かずにただ「欧州ではこうでああで」と押し付ける。繋げなきゃダメ、蹴ること全てが悪だと全否定。「何で蹴ってちゃうんですか?」と試合終了直後にコーチに問い詰めたオレ、物言う人としてサイコー!悦に入る様子を誇った様に自らのブログに書いてみる。そうして生まれた記事をさて読んでみると、むしろ書き手の人間性の部分での疑問でいっぱいになってしまった。

W杯イヤーを狙って、そのタイミングで一旗揚げようというライターにとって、選手権の現状ってのは世間に我在り!をアピールするのにうってつけのターゲットだった。伝統のブランドに陰りが見え始め、利用するには格好の餌食に。結果今年の選手権を取り巻くメディアは、電波ライターによる原稿戦争の様相。そしてその中身は、前提をすっ飛ばしてたり前述の様に書き手の人間味の部分で疑問が滲み出てしまったりという、読む人が読めば簡単に気付ける程度の粗に溢れる記事ばかりだった。そういった書き手達が、W杯というタイミングでワラワラと出てくる。4年に1度、セミのように。そういうものなんだろうな。

既存の書き手達も黙ってはいない。

正月頃に発売され、我らがお杉(杉山茂樹)も関わったムック「0勝3敗」。本来はしっかり購入した上で批判するのが正当なんでしょうけど、とてもじゃないけどこれにカネは落とせないと思ったので、比較的みっちりと「立ち読み」する事で、ざっくり調べときました。

これもまぁ凄かった。

0勝3敗の名が示すとおりに、岡田サンはダメだ。W杯後に日本サッカーに壊滅的なダメージを与える。だから今からでも遅くないから岡田サンを解任しろ。ってのが基本趣旨。そのためにあれやこれや企画するわけですが、それが、まぁ技術的に言ってる部分はまだ分からなくもなかったりするんだけど、それでも全体としては酷いと言わざるをえない。「何で岡田サンなんだ?!世界にはこんな監督がいるんだぜ」と言って、やれアンチェロッティだのやれヒディンクだのを羅列して推した特集には空いた口が塞がらなかった。いわゆる「ちょwwそんなトップの監督をひょいと据えれたら苦労しねぇよww」であり、あまりに文句としては不毛。カネにならない文句。パンが無ければお菓子を食べれば良いじゃない精神。

さらに、この本を締めくくるコラムとして「解任要求」だとかっていう題(もううろ覚え)の記事が一本用意されてるんだけど、締めにどんな事が書かれてるのかと思ったら「岡田監督は代表監督に相応しくない。何故なら彼の目はギラギラしていないからだ(超要約)」ですよ!!ヒディンクはほら、目がギラギラしてるだろ?って。さすがに吹いたわ。一貫したコンセプト、主張の元にまとめられた冊子のトリを飾る記事で、根本の主張への理由付けとしてまさか「目がギラギラしてないから」とか言われちゃうとは思わんもん。マジでしょうもなかった。



彼らに共通して言える、その批判の問題点は「その問題は本当に岡田武史の責任なのか?」ということ。

例えば、近年の日本代表周辺において、自分はマッチメークについて大きく不満があった。明らかに、世界を目指すマッチメークではない、目指す先がアジア止まりのマッチメークだった。それはこれまでの代表リザルトを比較してみればよく分かる。これをどっかのスポナビブログの方は「それも岡田武史のせいだ!」と仰ってましたが、そもそも代表監督毎に協会内の渉外担当者が当然違うんだろうから、その物言いはおかしいだろ!…と、真正面から文句言うのもどうかって話なんですが。自分としては、北京五輪代表においてもその点での問題は大きく感じていたので近年のJFAの方向としての間違いだったと思ってるわけですが(もちろん、突っ込んでこの件を考えればネゴシ能力と共に、その時代ごとのお金の有る無しもあるだろうけどさ)。

サッカーの内容においても。例えば対オランダで突きつけられたあの差。あれを岡田監督だけに責任を載せれるんだったら、監督さえ変えれば解決出来るのならば何と簡単なのだろう?何と日本サッカーの未来は明るいのだろう?本気でそんなもんで解決すると思っているのならば、いやおめでたいサポーターに包まれた国だわ日本は。

オランダ戦で見せられたあの現実。それは現在の「日本サッカー対世界」の構図に等しい。

最も分かりやすいので言えば先日のU-17W杯。プラチナ世代と言われた彼らが世界と対した時に見せたあの脆さ。監督の池内豊は「チーム作りは本番2ヶ月前からで十分だ」と言い放ち、結局そのままチームを作らないまま本番に挑むという蛮行に出た。あまりにキッカリと、作りすぎるくらいに作っている岡田監督と、あまりに作らなすぎた池内との差はありながらも、結果突きつけられた現実の、その内容にはさして差は無い。

また昨年、日本サッカー対世界という構図の試合を、自分は東京国際ユースサッカーとSBSカップで観ることが出来た。U-14とU-18というカテゴリーの違いがありながら、日本サッカーが対世界において通用した部分、通用しなかった部分はこれまた全く一緒だった。

以前書いたエントリで「今の日本代表は、日本サッカー協会が「世界と戦うために」と求められてきた幾年の集大成そのものだ」と書いたのは、その実体験があってのこと。対世界において、大なり小なり、しかし同じ「通用した部分」「通用しない部分」が炙り出されたわけだけど、それらはどのカテゴリーどの試合でも同じような思考・ツールを携えて挑んだ結果だった。そしてどのカテゴリーよりも、その同方向に向けられたベクトルを監督的工夫で一番大きくさせてたのは何を隠そう岡田武史だった、という皮肉に近い事実もある。

岡田監督が通用しないんじゃない。日本サッカーが通用していないんだ。これが事実。


日本代表を強くするために。

長期的スパンで育成レベルから見直されるべき部分と、短期的スパンで改善が期待出来る部分がそれぞれある。代表監督に課せられるのは、長期的スパンでの指針にももちろん関わりながら、しかし主に能力的に期待されるのは短期的スパンの部分での仕事ぶりだと考えられる。長期的スパンを見るのはJFAの仕事。ならば、代表監督・岡田武史について批評するとしたらそれは彼に課された仕事について文句を言うのが筋だ。長期的スパンでの課題について岡田監督に文句を言うのは筋が違う。

世間を見るに、その辺の批評のターゲットが正しい相手に向けられていないパターンが多く目立つ。ぐっちゃぐちゃ。むしろ余所に向けられるべき余計なターゲットをも岡田監督が背負わされてるようにすら感じる。これでは「今」も「未来」も変わりはしない。

先程のムック「0勝3敗」の編集として関わっている(っぽい)中山淳さんはfoot!でも一時期出演されてて知ってる方も多いでしょうけど、自分は中山さんの編集した雑誌「football life」が本当に好きだ。バックナンバーは揃えたし、現在ライフワーク的に発行しているfootball life zeroも購入している。中山淳さんのサッカーへの姿勢は毎回勉強になるし、ブログを見ると問題点の把握も、そのターゲットも間違っていない様に読める。けど、結果世間に一番大きく主張出来る手段で取ったスタンスは「0勝3敗」だ。それは残念で仕方がない。


今回のW杯語り周辺において、一番株を上げているのは解説者の山本昌邦であると自分は考える。

アテネ五輪代表とジュビロ磐田での仕事ぶりは確かに疑問符の付くものだった。FC東京サポとして、アテネの地で俺たちのナオを泣かした事は一生許さない。けど、それはそれとして、解説者としての山本氏の仕事ぶりは打って変わって早い段階から好感を自分は表明していた。最初の方は以前の仕事のイメージを引きずってか疑惑の目で(耳で)彼の解説仕事に向き合ってきた人は多かったが、しかし今や結果として、解説者としての山本氏の信頼はかなり高いものがあるのではないだろうか?「水分の欠乏が…」おなじみの言い回しも今ならすんなりと受け入れることが出来る程だ。

山本昌邦のW杯絡みの仕事ぶりに自分が評価しているのは、それは山本氏のポジションが絶妙に世間の逆張りに位置していると考えるから。

事象に対してモノ言って、キャラを立たせる立場の人間なんてのは、基本として自身のポジションを「世間の逆張り」に置いて発言する。世間が賛と言えば、自分は否と言う。右が良いのではないか?と思われるところで「左が正解に決まってんじゃん」と茶々を入れる。それが発言者にキャラを持たせて、「あぁ彼は毒舌でおなじみのーですねー」みたいな。単純だけど、物言う職業の人なんて、所詮そうだと思うしそれが基本だと自分は考える。

それを前提として、じゃあ日本サッカーを語る我々一般人のスタンスはどうか?それに対して物言う人たちのポジションはどうか?

世間はもちろん嫌われ者である岡ちゃんを「いやだー辞めてくれー」とか言ってるわけだけど、物言う人たちはそれに輪をかけて「辞めろ!」と言っちゃってる。終いにゃ「0勝3敗」ってムックまで発刊してしまう。物言う人たち、そのポジションは世間の逆張りに位置していない。世間と同じ、あるいはもっと深いところで、ネチネチと一般人と同じ意見を我が物顔で述べる。それは、物言う人としてもはやポジ取り間違ってんじゃねーかと、自分は思ってしまう。何も響かないし、こっちが逆に引いて見てしまう感覚。お杉がバカだなーと思うのは、毒だと思って吐いてることが世間の逆張りになってないから、それが毒になっていないという事。ただ気持ち悪いだけになっている。

正月にNHK BSでW杯に挑む日本代表について討論する3時間程の番組があった。出演者の一人であるお杉は順位予想で「0勝3敗」と予想する。「僕としたら普通の予想なんですけどね(ニヤニヤ)」と相変わらず人として気持ち悪い所作を見せていた。

ここで山本昌邦氏は、日本代表は2位通過だとフリップに書いたわけだけど、それはただの予想に留まらず「二位に入る為にどうしたらいいか?」ってのを必死に考え、その意見を細かく披露してくれた。いや、大丈夫ですよ!こうこうこうすれば、日本代表はGLを突破出来ます!!と。その姿勢はW杯組み合わせ抽選会特番でも見せていたが、それがさらに纏まった形で披露された印象だ。また、前述で指摘した「その問題は本当に岡田武史の責任なのか?」って部分においても、冷静な仕分けで整理した上で、正しいことを、納得出来ることを視聴者に伝えれていた(参考:サッカー名言集さん

世間は岡田監督に、ベスト4という目標に懐疑的な目を向ける。そんな世間に対して、山本氏のこのポジションは見事に逆張りとして成立しているのではないか?だから自分は、これまでのW杯における、物言う人間としての山本氏の仕事ぶりにかなりの高い評価を感じているのだと思う。この様な山本氏の嬉しい仕事に比べれば、お杉だの何だのが取っているポジションが、いかに日本サッカーのためにはならず、カネにならない程度の文句を繰り返しているか、何より物言う立場の人間としてポジショニングのセンスに欠けてるが分かる。結果、岡田武史氏への触れ方を通じて「バカ」がバレる始末である。


岡田監督が目指すサッカーに限界があることも、ベスト4だなんて目標に現実味が無い事も、我々は「言われなくとも分かってる」んだ。ポジ取りにミスった物言う人たちが、分かってる風のドヤ顔で「ベスト4なんて無理だよ!僕の住んでいるスペインではね…」だの言われるまでもなく、だ。

それでも、そんな状況でも、少しでも成果を、可能性を、何より結果を、世界に示したい。日本に示したい!そのために、無い頭絞って、いま日本にあるものだけで、どうすればいいか?そういった実のある、カネになる意見が俺たちは聞きたいんだ。

そのために躍起になる方が、よっぽど健全。正しいターゲットを定めて正しく批評の矢を射抜く方がよっぽど未来のためになる。

しかし、いま日本に転がっている批評はどれも、バカを晒した情けないものばかりだ。


今回のサッカー日本代表を、そして岡田武史監督を批判したいのならば、気をつけた方が良い。貴方のバカっぷりが晒されるだけになるかもしれないから。

適切な、岡田武史批評に溢れるW杯イヤーになることを願って。本日のベネズエラ戦、面白い批評が読めることを期待してます。